神は、天地創造以前にまず天使らを創造しました。天使らは、人間に勝る知識を身につけ、きわめて知的な存在でしたが、全能ゆえ、自分の知性に最強の誇りを抱き、「自分が自分の神である」と神に逆らい、堕落し、悪魔となっていきました。天使は純粋に霊的存在であるため、モノという概念がなく、神が造った物質的世界の意義を理解し信頼することができなかったという側面もあり、悪魔からすれば、自分たちこそ正しいことをしていると思っていたのかも知れません。伝統的キリスト教思想は、知性の限界を自覚し、徳や善を行い謙虚であることといった知性の本質の中に、自分に見えるものがすべてであり、他の一切が無意味で愚かだと馬鹿にする我欲や傲慢さといった反知性を見出していて、知性の本質と悪魔の神話的由来を重ね合わせて理解しているのが興味深いところです。また、神は自由も持ち合わせていて、例え悪を選んでも、それを阻害することはしませんでした。ただ、神に従って善を選び続けていなければ自由ではなくなっていく、神話で悪魔が地獄に落ちるのはそういうことです。こうした悪魔像には、現代の行き過ぎた合理主義や、知性主義、これらを使って他人の財産や自然の生命を奪い、自分の利益のみを限りなく追及するといった現代社会の傾向に似たものがあります。哲学が目指しているのはそうした破滅的な知性ではなく、日常を営んでいく知恵に他ならないのです。

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中里 巧教授文学部 哲学科

  • 専門:近世および現代哲学
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