吸収や蛍光といった電子分光法や、分子の振動を観測する赤外・ラマン分光法などは、物質の電子状態や構造を知る非常に有用な手法ですが、一般にマイクロモル/L程度以上の濃度が必要です。血液や尿などに含まれる生理活性物質の濃度はナノからピコ、フェムトモル/L程度であるため、そのような分光法は使えません。このような場合、試料分子を非解離で観測し分子量を特定できる質量分析法の利用が必要となります。質量分析法では様々な方法により分子をイオン化させ、検出器に到達したイオンの数を電気的な手法により数えます。このため試料に求められる濃度の下限が無く原理的には分子一つから測定可能です。小数点以下数桁の精度で分子量を決定することが可能であり、原子組成から分子構造を決定することも可能です。当研究室では、パルスレーザー光を試料に照射することで目的分子(アナライト)をイオン化させるレーザー脱離イオン化法を研究しています。光化学反応の開始を担う分子(マトリクス)の光励起により電子励起状態を作り、そこから様々な緩和経路を通じて目的分子のイオンを作り出します。分子科学的な性質を上手く組み合わせることで、高効率で機能的な光イオン化法の実現が可能になります。
当研究室では、様々な機能を持たせた分子複合体をレーザー脱離イオン化用のマトリクスとして開発し目的分子のイオン化に用います。包接特性、酸化物表面からのプロトン供与、分子認識能を持たせた高分子膜、一価の遷移金属イオンの効率的生成等を通じて、従来のイオン化法では検出が困難であった生理活性物質や禁止薬物及びその代謝物を高効率に検出できる手法を開発しています。また開発したマトリクスによる光イオン化経路を、拡散反射分光法、フェムト秒時間分解蛍光分光法、X線光電子分光法、透過型電子顕微鏡等、様々な分光法を用いて明らかにしています。
機能性マトリクスの応用的利用として、生活環境における有害化学物質の定量、農産物の産地判別・産地偽装、二次元質量イメージング像の作成による植物代謝等の研究を進めています。