私たちが日々食する食べ物には、色々なものが入っています。中には、余り入ってほしくないものもあります。その一例が、微生物が作る毒素です。私たちの研究室では、トリコテセンという微生物が作る毒素について研究を行っていますが、この毒素は、世界規模の農業で最もひどく穀類を汚染している毒素であり、また、日本で作られる小麦の7〜8割を汚染していると言われています。でも、皆余り知りません。知らずに食べてしまっているのです。しかも、この毒素は一度作られてしまいますと、熱しても圧力をかけても、分解されたり解毒されたりしません。まさに、“煮ても焼いても食えない毒素”なのです。私たちはそんなトリコテセンから、日本の食を守る試みをおこなって来ました。
しかし、この毒素も単に害になるから世の中から取り除いてしまえばいい、というだけではないところがおもしろいところです。この毒素にはたくさんの類似化合物があるのですが、その中には、抗がん剤や免疫抑制剤として、脚光を浴びているものもあります。そこで、私たちは、トリコテセン毒素に色々な酵素を仕掛けることで、新しい構造を持った新規物質の作成を目指しています。言ってみれば、化学合成の代わりに、酵素を用いて、新しい薬剤の開発を目指しているのです。がん細胞への毒性は、実際にがん細胞に新規化合物をかけてみることで確かめます。どんな新発見があるか、ワクワクしながら研究しています。
また、このトリコテセンを生産する微生物は、ファルネシルピロリン酸という二次代謝の要となる物質を豊富に作ります。自然界ではここからたくさんの生理活性物質が生産されることが知られています。そこで、ファルネシルピロリン酸を多量に生産するこの微生物の能力を利用すれば、希少で貴重な物質を作っていくことも可能かもしれません。今はこの微生物の能力を使って、トリコテセンの類縁体ばかりではなく、全く違った有用な物質を作れないか、そんなことも夢見ています。