「食」は、生命が生き続ける為の「主要3要素」の1つであり、生命の誕生とはすなわち、物質の取り込み(食)が行われた瞬間を意味している。「食を科学する」という事は、「生命の本質を科学する」という事に他ならない。“糖”は最も多くの食品に入っている成分と言っても過言ではない。それは、“糖”というものが生命にとって無くてはならない重要な成分であるという事を暗に示している。
また一方で、“糖”はエネルギー源として利用されるばかりではなく、“糖鎖”という形態をとる事によって、生体内の様々な物質の行き先を決める役割を果たしていたり、細胞同士の情報交換や、病原菌やウイルスの感染に関係していたり、生命の様々なコミュニケーションの場において活躍している。生命が何故、生きるために“糖”や“糖鎖”というものを必要とするのか、必要だったのか、そして採用されたのか。
我々の研究室では“糖の本質の探究”を行っている。しかしながらそれは、我々が生命の神秘を知りたくて、その探求の糸口が、たまたま“糖”というものであっただけだろう、と思う人がいるかも知れない。だが、それは否である。我々は、これまでの先駆者である多くのグライコバイオロジスト達が得た膨大な“糖”に関する知見から、そこにはきっと生命誕生の瞬間や、一様ではない生命進化の場面場面の一つ一つが“糖進化”という言葉に置き換えられるかどうかわからないが、そこには生命の神秘を知るに最も相応しい理解が、実に繊細かつ精密に、如実に存在していると信じてやまないのである。糖鎖構造と糖進化には、密接な関わりがあり、太古地球の早い段階において、乾燥や紫外線などの数々の困難をクリアし、陸上に生育する事が可能となった“陸生生物”と、その一方で、海洋環境に留まる事によって進化を続けた“海洋生物”の糖鎖構造解析や比較糖鎖生物学的解析は、生命進化を知る上で非常に重要な情報源となるだろう。糖鎖が系統的進化とともに多様性獲得のためにそのバリエーションを増やしてきたのであるならば、その多種多様な糖鎖を網羅的に追う事によって、系統発生や生命進化・環境適応を垣間みる事ができるかも知れない。