19世紀半ばから、米国ではツーリズムが盛んになりました。しかし、当時、旅をするにはお金がかかり、移動も大変だったため、一部の上流階級の人々のみが享受できるものとされました。単なる物見遊山ではなく、教養と洗練を身につけるためヨーロッパへ旅行することが主だったのです。しかし、南北戦争終結後に産業化が進み、経済大国化し、富裕な中産階級が台頭したことで、米国人はツーリスト(観光客)として、旅行産業や交通手段の発達と共に、手軽に楽しめる「旅」へ出かけるようになるのです。ヘンリー・ジェイムズは、小説『Daisy Miller』で、スイスに長く滞在する米国人青年の目を通して、新興成金のツーリストである米国人一家の様子を描きました。青年は、自由気ままな一家の娘デイジー・ミラーに魅了されつつも、彼女を理解することができません。愛国心に満ち、お金持ちを悪気なく自慢するこの一家に対して、上流階級のおばが、きつい皮肉を言う場面もあります。ジェイムズは米国人作家でありながら、米国人を強烈に風刺し、米国人観光客を下品と評して嫌い、自分とは違うと断罪しています。それにも関わらず取り上げたのは、デイジー・ミラーの魅力、あふれるようなエネルギーや行動力といった民主主義精神を、内心称賛していたのかもしれません。物語は、話の筋を追うだけではなく、社会的な背景までを理解することで、読みが一段と深まります。内容以外のところへも目を向けて読むことができると、さらに物語を味わうことができるでしょう。

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北原 妙子教授文学部 英米文学科

  • 専門:アメリカ文学
  • 掲載内容は、取材当時のものです