植物は根付いたその場から動かないため、その生育環境からうけるストレスに耐えるための戦術をもっている。その一つに二次代謝産物の産生が挙げられる。たとえば、紫外線から身を守るため、植物は自ら体表付近の細胞にアントシアニンなどの色素を蓄積し内部の細胞を守っている。このほかにも我々が普段から身近に接している花やお茶の香りも、昆虫を惹きつけたり、忌避させたりするなど、植物は自らが生き残るための機能として生産し利用している。さらには二次代謝産物の多くには抗菌抗酸化活性が見られることから、これらの代謝産物は病原菌等の侵入者から身を守るために作られていると考えられている。これらの化合物の中には、伝承薬などわれわれ人間にとって有用な活性を示すものや、毒物として知られているものも多く存在する。
植物の代謝(物質変換)は非常に高い多様性を持つ。すなわち、植物種が異なると、異なる構造を有する化合物が植物体に蓄積している。植物は進化の過程でさまざまな代謝反応を獲得し利用してきた。化合物の中の炭素−炭素結合の形成はエネルギーを必要とすることから、一般に生物界では、糖やアミノ酸といった一次代謝産物の炭素鎖を基本骨格に代謝産物の生合成が行われる。これら二次代謝産物生合成の獲得の歴史はその酵素遺伝子に刻み込まれている。当研究室では植物の利用している化学物質の活性や機能だけでなく、それらの生合成を司る酵素遺伝子について注目し植物のストレス耐性の歴史を研究している。具体的には桜餅の香り成分であるクマリンとその関連化合物の生合成およびその機能である。クマリン関連物質はさまざまな陸上植物で見られる化合物で、その生合成の鍵酵素遺伝子の探索と、サクラ周辺に存在するクマリン分解メカニズムの研究を分子生物学だけでなく生化学、有機化学、そして分析化学の手法を組み合わせて進めている。