インドの神話や物語は、古い形のまま受け継がれてきたわけではなく、時代ごとの価値観や信仰を取り込みながら姿を変えてきました。洪水神話の変遷をたどることで、神話がどのように発展してきたのかを読み解くことができます。インドの神話や物語の研究とは、「物語の物語」を描き出し、その変遷をたどっていく営みでもあります。
世界各地には洪水神話が存在し、旧約聖書の「ノアの箱舟」よりも古いメソポタミアの『ギルガメシュ叙事詩』にも類似した物語が見られます。インドでは、『シャタパタ・ブラーフマナ』において、マヌが魚の予言によって洪水を生き延び、その子孫が繁栄する物語が語られています。
一方、『バーガヴァタ・プラーナ』では、魚の正体はヴィシュヌ神とされます。ヴィシュヌ神は小さな魚として聖仙サティヤヴラタの前に現れ、洪水を予言します。七聖仙やあらゆる植物・生類を船に乗せ、洪水の後には奪われた聖典を取り戻します。人間だけでなく動植物や聖典の保護へと物語の役割が広がり、古い洪水神話にヴィシュヌ神の要素が組み込まれていきました。
このような変化は、古い物語を当時の人々に受け入れやすい形へと書き換える営みでもあります。古い要素と新しい要素を見極めながら、「物語の物語」を描き出すことが、インドの神話や物語の研究につながります。建築における「アダプティブ・リユース(適応的再利用)」になぞらえながら、物語がどのように変遷し、新たな意味を獲得していくのかを考えていくのです。
●参考文献
上村勝彦『インド神話』ちくま学芸文庫、2003年。
篠田知和基・丸山顕徳編『世界の洪水神話:海に浮かぶ文明』勉誠出版、2005年。
辻直四郎『古代インドの説話-ブラーフマナ文献より』春秋社、1978年。
Shimizu, Tadashi (tr. by Rolf W. Giebel) The Bhāgavata-purāṇa Miniature Paintings from the Bhandarkar Oriental Research Institute Dated 1648. Tokyo: The Toyo Bunko. 1993.