理工学部建築学科の3、4年生を対象とする「木造建築設計演習」は、実在する歴史的木造建築物を調査・分析し、その歴史的価値がどこにあるのかを学生自身が考え、建築学的な視点で紹介する授業です。2023年度春学期に履修した学生たちは、東洋大学の創立者である井上円了が創設した哲学堂公園(東京都中野区)での現地調査をもとに図面を作成し、歴史的価値を維持する耐震補強案を考えました。

大学創立者ゆかりの地での現地調査

2023年4月中旬、「木造建築設計演習」を履修する学生たちと、建築学科准教授の高岩裕也先生、高岩研究室の学生や院生、そして実務家である外部講師の松野浩一先生、長井淳一先生が哲学堂公園を訪れました。哲学堂公園は井上円了が哲学をテーマとした精神修養の場として創設した公園です。園内には哲学に由来する建築物や碑、池や坂などが点在し、哲学の世界を視覚的に表現しています。

この日は全15回の授業のうちの3回目。園内に点在する古建築のなかから「絶対城」を調査対象として、学生たちは現地調査を行いました。3時間という限られた時間内で、建物の外観や内部の写真記録を取り、寸法を測り、野帳を作成する実践的な授業です。学生たちは数人ずつに分かれて調査を行い、観察し、測定した結果を記録していきました。

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写真や文献だけでは得られない価値を現地で見出す

指導にあたる建築学科准教授の高岩裕也先生は「この授業では実在する歴史的木造建造物を調査・分析します。昨年度は別の既存木造建築物を調査対象としましたが、コロナ禍ということもあり現地調査はできず、学生たちはインターネットで情報を調べるなどしてまとめていきました。今年度は大学創立者の思想について、建築物を通じて理解を深めることも目的として、絶対城を調査対象としています。現地に足を運び、写真や文献だけでは得られない建造物の実際の大きさ、空間を肌で感じることで見えてくる価値観があります」と話しました。

現地調査を経て、データの分析や作図、耐震補強案を考える

現地調査を終えたあとは、各自が現場で記録した情報をもとに、平面図や立面図、断面図、展開図、内観パースを作成していきます。さらにその後は、調査対象となった絶対城の歴史的な価値がどこにあるのかを考えるため、一人ひとりが建物の歴史的な背景や井上円了の思想や哲学を探りました。そのうえで、建物の重量や耐震要素を評価して耐震診断を行い、建物の価値を損なわないためにどのような耐震補強をする必要があるかを考え、調査結果を共有するための資料となる小冊子の作成へと学びを進めていきました。

最終授業で行われる講評会を前にした授業では、各自が作成した小冊子の内容について発表し、高岩先生や外部講師の先生方から、提出に備えて改善すべき箇所などの指導を受けていました。

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そして迎えた最終回。選出された3名の学生は、自身が調査してまとめた内容をスクリーンに映し出し、プレゼンテーションを行いました。講評会では、発表者が示した意見に対して、発表を聞く学生や先輩たちをはじめ、高岩先生、外部講師の先生方からフィードバックを受けます。また、外部講師の先生方からは、自身の現場経験に基づいた指導を受けることができます。この場を持つことにより、発表者だけでなく、発表を聞く学生にとっても、自分が考えている歴史的価値以外にも建物が持つ価値はいろいろあることを学ぶことができるのです。

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多角的に建築物の価値を見る眼を養う

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「建築物にはいろいろな価値があり、学生によって何を価値と捉えるかは視点が異なります。その違いを各自がまとめた冊子を通じて共有したり、発表したりすることで、多角的に建築物の価値を見る眼を養いたい」と、高岩先生は語ります。

今後、新しい木造建築の数は減少していくと予想されます。そこで今後は、現存する古い木造建築物をどのように活用していくか、ということが重視されていくことでしょう。

だからこそ、「実際の建築物を調査するには、まだ最新の技術を使っても自動的に行うことはできません。今後、学生たちが技術者として社会に出て、いかに既存の建物を活用するかということを考える場面に出くわしたとき、この授業で学んだ現場での調査や、データの分析、歴史的価値を見出し、価値を損なわない補強案を考えるといった、さまざまなスキルを活かしていってほしいと思います」と述べました。

  • 掲載内容は、取材当時のものです