2015年11月、東京都港区で開催された「TOKYO DESIGN WEEK 2015」のASIA AWRDS 学校作品展で、建築学科工藤和美研究室の3、4年生を中心とした総勢100名による作品が、世界中の学校の中から「School of ASIA」のグランプリを受賞しました。枝垂れ桜をイメージし「優しさ」を表現した作品「心衣 — kokoromo —」は、子供から高齢者まで幅広い年代で楽しめるインタラクティブ遊具として、高い評価を得たのです。指導にあたった工藤和美先生と代表を務めた土屋柚貴さん(4年)、渋谷達俊さん(4年)たちが取り組んできた半年間を振り返りました。(学年は2015年取材当時)

総勢100名で臨んだプロジェクト

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机上の学びによる知識に偏らず、社会と連携した実践的な学びを特徴とする理工学部建築学科では、日頃から街づくりの提案などさまざまな産学協同プロジェクトに参画し、学生らしい視点を生かした作品制作に取り組んでいます。今回の「TOKYO DESIGN WEEK 2015」への出展も、過去10年ほど続く取り組みで、毎年、工藤和美先生指導のもと、工藤研究室の学生を中心に、研究室や学年の枠を超えたプロジェクトとして、1年生から4年生までが参加しています。
2015年度は、土屋柚貴さんと渋谷達俊さんが中心となり、工藤研究室の学生が作ったポスターを学内に掲示して、2014年3月より建築学科の全学生から参加者を募りました。5月に開催した説明会には1年生から4年生まで80名ほどが集まり、プロジェクトへの関心の高さがうかがえました。
グランプリ作品はイタリアで開催される世界最大のデザイン見本市「ミラノサローネ」で展示されるとのことから、工藤先生をはじめ学生たちは、企画段階から「世界」を意識し、「日本らしさ」を大切にした“きれいな作品”をつくりたい、という思いを募らせていました。土屋さんと渋谷さんは時には意見を衝突させながらも、納得のいくまで議論を重ねて、作品のコンセプトから設計、構造、材料、スケジュール管理や予算管理まで考えてきたのです。「お互いに自分の考えを言葉で伝えるだけでは理解し合えないので、サンプルを作って検証して納得するということで前に進んできました。2人の意見がまるでパズルのピースのようにピタッと合った時の喜びは忘れられません」と土屋さんは振り返ります。

建築で大切なチームワークを実践

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1年生の参加者も多かったことから、5月から7月の2カ月間はワークショップを何度も開いて、参加者の意識合わせや制作に慣れ親しむ期間としました。本格的に制作をスタートしたのは7月のこと。どのような作品にするのか、どのような材料を使うのか、総勢100名にも膨れ上がったメンバーからアイデアを集めては、土屋さんと渋谷さんが話し合っていくつかのアイデアに絞り込み、工藤先生の助言を求めました。
「基本的に、学生の主体性や意欲を大切にしたいと考えています。実際に学生たちがつくりたいものをどのようにつくっていくか。つくる段階で注意すべきこと、特に安全面には注意を払い、そして、どうしたらきれいに見えるのかということなどをアドバイスしました。学生には何か問題にぶつかった時に、それをいかに解決していくかを思考し、判断していく力をつけてほしいと思います」と工藤先生は話します。
実際の建築の現場では、たくさんの人々がかかわり合うチームで仕事を進めていきます。“独りよがり”の考えではなく、チームとしての考えをまとめ、より良いチームをつくることが建築の世界では重要なスキルとなるのです。
工藤先生は「建築学科では4年生の前期にグループ設計という授業で、10人程度でのグループワークに取り組みますが、TOKYO DESIGN WEEKの取り組みは、学年の枠を超えた大人数でのプロジェクトであり、しかも、作品を展示し、建築関係者だけでなく一般の方に見ていただくということも意識しなければなりません。また、限られた制作期間のなかで、お金や時間の管理をするというマネジメント力も問われます。対外的な交渉力やコミュニケーション能力も求められます。学生にとっては、社会との関わりを持ち、さらに実社会での仕事の現場を体験できる機会となるのです」と、プロジェクトの意義を述べました。

日本らしさを表現した作品

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2015年度の作品は「心衣—Kokoromo—」。枝垂れ桜にインスピレーションを得て、言葉をまとう空間を提示し、「優しさ」を表現するというコンセプトのもとで、制作が始まりました。渋谷さんは「まず、日本語の多様性に気付いてほしいという思いがありました。そして、日本語の美しさを表すものとして、日本人の名前の漢字を淡いピンクのアクリル板に刻み、日本らしさを象徴する枝垂れ桜のように吊るしました」と説明します。
吊るされたアクリル板は1万3000枚。その1枚1枚に漢字が刻まれており、約5000語が選ばれました。メンバー全員の名前のほか、戸籍が初めて作られた700年代頃から現代まで、各時代の代表的な名前を刻み込みました。
実際に制作がスタートしたのは、作品展示のおよそ1カ月前のこと。わずかな制作期間のなかで、完成に持ち込むまで、土屋さんと渋谷さんはメンバーを統率しながら、さまざまな作業工程をパズルのように組み立てながらタスク管理をし、3、4年生を中心に制作を進め、1、2年生はただひたすらアクリル板をつなぎ合わせる作業に集中したといいます。
そうして迎えた「TOKYO DESIGN WEEK 2015」初日。設計者である土屋さんと渋谷さんでさえ、イメージは頭の中にあっても、実際に作品の完成形を目にすることはこの日までありませんでした。「あまりの美しさに感動して、思わず涙が出てしまった」と話す土屋さん。完成に至るまでに乗り越えてきた苦労が報われた瞬間でした。

心がつながり、絆が深まった

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しかし、予期せぬ出来事が待ち受けていたのです。初日の夜、木枯らし1号が東京の街を駆け抜けました。作品が倒れないようにと、ブルーシートで覆ったものの、むしろそれが風をあおってしまい、作品が倒壊してしまったのです。
初日から3日間が審査期間となっているなか、土屋さんや渋谷さんをはじめ、メンバーたちは必死で、作品の修復に着手します。そんな学生たちの姿を見て、出展している他大学の学生たちや、来場した親子連れなどが作業を手伝ってくれました。
「本来であれば2日目にはワークショップを予定していたのですが、それを急遽キャンセルしましたが、結果的に修復作業がワークショップのようになりましたね」と渋谷さんは心和んだ様子でした。
何とか1日で作品は修復でき、3日目からは展示を再開。審査にも間に合い、「心衣—Kokoromo—」は見事、「School of ASIA」のグランプリを受賞することができました。
「展示期間にいろいろな方が作品を見て、触れて、感じてくださいました。子供たちには、きらきらゆらゆらしているのが楽しかったようですし、若い世代は自分の名前を必死で見つけて写真を撮り、親子連れは子供の名前を見つけて喜び、年配の方は言葉の意味を感じてくださり、みなさんが親しみを感じてくださったようです。作品の空間に入った時に、『子宮の中にいるみたい』『懐かしい感覚がする』という声も聞かれて、制作者である私たちが意図しない作品の感じ方があり、うれしかったですね」と土屋さんは話します。
100名ものメンバーが寝る時間までも削って制作に没頭した1カ月間。「メンバーみんなが家族のような状態でした」と渋谷さん。「心衣はメンバー一人ひとりにとって、我が子のような感覚です。そして、会場で修復作業を手伝ってくださった方々も私たちにとってはチームです。修復作業を手伝ってくれた子供さんが後日再び作品を見て、『これは私たちの作品』と言ってくれたときには、本当にうれしかったですね」と喜びの表情を浮かべます。

海を渡り、世代や国を超えて愛された「心衣」

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「心衣—Kokoromo—」の制作を通して身に付いた責任感、そしてあきらめない気持ち。グランプリに輝いた結果と同じくらい、その過程で得たものは、何よりの財産だと感じているそうです。
企画段階から「世界」を意識して、「日本らしさ」を表現しようと考えてきた作品は、グランプリ受賞を経て実際に海を渡り、2016年5月、米国ニューヨークで開催された北米最大のコンテンポラリー・デザイン・家具見本市「ICFF 2016」でも展示されました。世界中の人々からも高い評価を得て、「この経験は一生の財産です。心衣がたくさんの人に愛されて、本当に幸せに思います」と、笑みを浮かべる土屋さんと渋谷さん。世代を超え、国を超えて愛される作品を生み出した2人の心に刻まれたこの経験は、これからの新たな挑戦へと踏み出す糧となることでしょう。

  • 掲載内容は、取材当時のものです