アフリカ系アメリカ人のスーザン=ロリ・パークスは、現代アメリカ演劇を代表する女性劇作家の一人です。彼女は1963年、アメリカ合衆国ケンタッキー州に生まれ、大学進学後に劇作を始めて卒業後は主にニューヨークを拠点に活動しています。作品の特徴は、アフリカ系アメリカ人の歴史、経験、記憶をテーマにしている点にあります。
『The America Play』は、1994年に初演された作品で、第1幕と第2幕で構成され、主人公は、小さな町で墓掘りをしていた無名の黒人の男です。彼は妻子を捨ててリンカーン大統領の物真似芸人となり、リンカーン大統領暗殺事件のシーンを再現するロールプレイ形式のアトラクションを考え出し、大統領暗殺の場面を繰り返し再現します。実際に戯曲の中でも、黒人のリンカーン大統領が銃で撃ち殺されるシーンが何度も繰り返されます。ここで重要なのは、白人のリンカーン大統領が黒人に置き換えられていることです。
リンカーン大統領は、「奴隷解放の父」としてたたえられ、暗殺後は悲劇の英雄として歴史に名を残しました。しかし、その伝説の影には無数の黒人奴隷たちの犠牲と物語が存在しています。それにも関わらず、「建国の貢献者」として黒人たちの名前が残ることも、記録されることはありません。パークスは、あるエッセイの中で、「劇場は歴史を作るための完璧な場所である。劇作家としての私のやるべき仕事の一つは祖先の墓を探し、骨を掘り、その骨を見つけて、骨の歌を聞きそれを書き取ることなのだ」と述べています。この言葉の意味は、埋もれて消し去られてしまっているアフリカ系アメリカ人の歴史に意識を向け、人々の公的な記録の中に見えなくなっている黒人の存在を、歴史の中に置き直すことだと解釈できます。つまり、『The America Play』とは、 “歴史とは何か”という問題に「人種」という観点からアプローチした作品なのです。

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佐藤 里野准教授文学部 英米文学科

  • 専門:アメリカ文学 アメリカ演劇
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