私たちが現在目にする地図は、多くの情報に基づいて正確に描かれています。それでも、さまざまな用途に応じて大きさや形が変化していたり、地上には本来存在しない境界線が書き込まれていたりと多様です。昔の地図も同様で、正確な地図情報を「知らないから正確に書けない」のではなく、「知っていてもあえて書かない」場合もあるのです。また、地図は人びとの世界認識を反映しているため、地図を分析することで、ある時代・ある社会に生きる人びとの世界観や歴史観を、具体的に知ることができます。中世ヨーロッパ世界では、天地創造に始まりユダヤ民族の歴史を記した「旧約聖書」、イエスの誕生とその生涯、そして使徒たちの伝道の物語を記した「新約聖書」と、全ての世界の歴史は聖書の中にあるとされており、TO図と呼ばれる抽象的な世界図、“マッパ・ムンディ”が多数制作されました。なかでも代表的なヘレフォード図は、聖堂の祭壇に掲示され、説教の教材に使われていたとされ、中心はエルサレムで、東が上に描かれています。また、アジア地域については、バベルの塔やモーセの旅路の様子など、旧約聖書に書かれた出来事が描かれているなど、キリスト教的な歴史観・世界観が人々の世界認識に大きな影響を与えていたことがわかります。当時の図も文字も、ほとんど解読されている現在ですが、14世紀後半に現れた、具体的で正確な地図への移行過程がまだ解明されていません。こうした謎の解明について、みなさんにも貢献してもらいたいものです。

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鈴木 道也教授文学部 史学科

  • 専門:西洋中世史
  • 掲載内容は、取材当時のものです