東アフリカのケニアに居住する牧畜⺠であるマサイ、サンブル、ポコットなどの人びとはビーズを多⽤した独特な「伝統⾐装」を⾝にまとっています。その⽬的には、防寒や⾝体の保護等に加え、さまざまな「メッセージ」の発信があります。たとえばビーズの装⾝具はそれを身につける人が所属する⺠族集団を⽰し、性別や年齢などのカテゴリーを⼀⽬でわかるようにする役割があります。また、美意識を表現する媒体としても重要な意味をもち、「われわれ意識=⺠族のアイデンティティ」を創出することにつながっています。

近年、アフリカの牧畜⺠は、⼲ばつによる家畜群の縮⼩や⼈⼝増加のため、牧畜業だけに依存できない状況に置かれています。それと同時に学校教育や現⾦経済が急速に普及しました。こうした社会の変化を背景に1980 年代から「モラン」とよばれる若い男性を中⼼に観光業に従事する⼈びとが急増しました。土産物としてビーズの装身具を販売したり、写真をとられたりしながら観光客と交流する経験は、自文化に対する彼らの意識に影響をあたえ、「伝統衣装」がどんどん派手になるという変化につながっています。さらに2000年代に携帯電話が、2020 年代にスマートフォンが普及し始めてからは、彼らが世界中から受け取る情報量は私たちと全く変わらなくなり、同時に彼ら自身が世界に発信する⼒も⼤きくなっています。文化の相互作用はかつてなく増大しているのです。

たとえば最近では、欧⽶諸国のブランドがマサイの伝統⽂化を模倣して商売に利⽤する「⽂化の盗⽤」が頻発しました。この問題に対し2013年、⼀部のマサイの人びとが団体を⽴ちあげて抗議し、「私たちのデザインは、私たちの知的財産である」と世界に訴えました。また、⼥性たちの間では、洋服と伝統⾐装をミックスさせた新しいマサイ・スタイルが⽣み出され、「今を⽣きるアフリカ⼥性」の姿を打ち出し、新たな「われわれ意識」を創出するのに⼀役買っています。このように「伝統⾐装」は、グローバル化の拡⼤により、外からのさまざまな影響を受けて、新たなメッセージを発信しながら進化し続けているのです。

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中村 香子教授国際学部 国際地域学科

  • 専門:文化人類学、アフリカの文化
  • 掲載内容は、取材当時のものです