健康栄養学科は、1年次春学期から実施される管理栄養士専門導入教育、少人数制の授業、各個人のレベルに合わせた学習支援など、きめ細やかな取り組みを特色としています。井上広子先生の専門である「栄養教育分野における研究」は、日本ではまだ発展途上で、今後ますます発展が期待される分野です。井上先生の研究は、病気の一次予防のための科学的根拠に基づく栄養教育方法の開発と客観的な評価方法の確立を目指しています。
これらの研究によって、栄養教育学分野の研究におけるエビデンス(根拠)を作っていくのです。

「苦味」に着目して味覚と食嗜好との関連を研究

現在は主に3つの研究を遂行しています。その中のひとつ「食嗜好と味覚感受性との関連」についての研究は、研究代表者として取り組んでいるテーマです。食べ物の好き嫌いは、甘いとか酸っぱいといった味覚感受性が関係していると考えられています。なかでも私は、味覚の中でも強く感じる人とまったく感じない人がいる「苦味」に着目しました。苦味をどれほど感じるかによって、食生活や食嗜好にも違いが出るのではと考えたのです。

人は1日350g以上の野菜を摂取、そのうち120g以上は緑黄色野菜を摂取することが望ましいとされていますが、実際にこの量を達成できている人はなかなかいないでしょう。実はアブラナ科の野菜には苦味成分が含まれており、苦味を感じない人(もしくは苦味を感じにくい人)は野菜の摂取量が多いという海外での研究報告があります。この報告が苦味に着目するきっかけとなりました。

今年度は「苦味が食嗜好と食環境のどちらに左右されているのか」という研究を進めていく予定です。苦味に対する感じ方は持って生まれたものなのか、それとも日々の食生活の影響を受けて育ち変化したものなのか。まだスタートラインなので断言はできませんが、推測では食環境に影響を受けるほうが多いようです。ということは、最終的には個人に対応したオーダーメイド栄養教育へとつなげることができるでしょう。

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「噛む」効果を追究、子どもの健康を尿で知る

2つ目の研究はチューイング、いわゆる「噛む」ことの有用性です。よく「食べ物は30回噛みましょう」と言われますが、現代は噛み応えのある食事が減り、噛む回数が少なくなってきています。動物実験では、よく噛むことによって脳内ヒスタミンが量産され、食欲抑制や脂肪分解の促進につながることが明らかになっています。この研究では健康・栄養教育への活用を目指し、ヒト介入試験を実施しています。具体的には、同じ職域の30~50代のBMIが高値の方を対象に、一口30回噛んでもらったり、その達成率をチェックしてもらったり、その評価として血液検査を行うというものです。また、ヒスタミンの原料になるヒスチジンについてもヒト介入試験を実施、その多様な機能性などについても研究しています。

3つ目は、尿を用いた子どもの健康状態の評価と、その保護者に対する食と健康に関する研究です。子どもの栄養状態や健康状態を、客観的に評価し研究報告している事例はほとんどありません。尿中の成分分析を行なうことで、乳幼児期からの栄養状態や健康状態を客観的に評価できるのではないかと考えました。研究対象が保育園児とあって、本人だけでなく保護者の協力が欠かせません。これら2つの研究には、研究分担者という立場で研究を進めています。

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研究成果で栄養教育分野の発展に貢献

私の研究はいずれも人を対象としており、実生活と密接に結びついているところに面白さがあります。その反面、動物や細胞と違って人は十人十色、人の数だけ行動パターンがあり、運動量も違えば飲酒の有無や喫煙、薬の服用など、その背景は実に多様です。ラットやマウスならば同じ場所で同じ餌を与えればみんな食べるし、消費エネルギーもほぼ同じですが、人間はそうはいかないので、条件設定はきわめて慎重に行なう必要があります。また、思うような結果が得られなかったからといって、「もう一度、まったく同じ研究をやらせてください」と対象者の方にやり直しのお願いをすることはできません。さらに、研究に協力してくれている方が、次第に面倒になったり負担に感じたりして、途中でやめてしまうということもあります。ようやく研究結果が出ても、対象が人だけに、その統計解析がまた難しいのです。しかし、正しい解析ができれば、栄養教育学のエビデンスとなるでしょう。

最終的に目指すのは、生活習慣病の予防と改善、特に「食による一次予防」です。「病気を治す」ではなく、そもそも「病気にならないようにする」という観点ですね。健康になるためには食事と運動と休養という3つの要素が必要ですが、私は生きるために必要不可欠な食事の面から取り組んでいます。

管理栄養士は食のスペシャリスト。何をどれだけ食べたらいいのか、学習者に対し科学的根拠に基づき、的確な栄養教育や健康教育を行うことが大切です。私の研究がその科学的根拠の一端を担い、栄養教育分野の発展に貢献できればと思いますし、その研究成果を論文という形にし、世界に発信できるよう、鋭意研究を進めていきます。

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井上広子教授食環境科学部 健康栄養学科

  • 専門:栄養教育学、健康科学

  • 掲載内容は、取材当時のものです