私たちの生活と世界との結びつきは、「国際化」や「グローバル化」という言葉であいまいに語られることが多い。その結びつきを身近なところから学んでほしい。東南アジアの少数民族を研究する長津一史准教授が、フィールドワークの重要性を説く背景には、そんな強い思いがある。国際社会で市民としての役割を果たすためには、世界各地の現象とそのグローバルなつながりを具体的に知ることが必要だ。まずは既成概念にとらわれず、現場を起点に柔軟な視点を持つことから始めよう。

国境にとらわれない地域の形

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「地域」というと、国民国家や国家連合を単位としてその枠組みを想像するのが一般的ですが、そうではなく、生態環境や社会や文化のつながりを軸にその範囲を考えてみるほうが健全ではないでしょうか。私が研究を通じて探ろうとしているのは、そうした国境にとらわれない地域のあり方です。とりわけ強い関心を抱いているのは、東南アジアの海で結ばれた人びとの世界です。東南アジアでは、人びとが海をわたる移動と移住を繰り返す過程で、その生態環境に適した生活様式を生みだし、同じような社会文化的特徴を備えるようになりました。そうした海に生きる人びとを私は「海民(かいみん)」と呼び、かれらが生活圏としてきた地域を海域世界とみなして、その成り立ちと現代における変化をフィールドワークを通じて探ろうとしています。

具体的には、東南アジアの3つの国家の国境にまたがって住んでいる「バジャウ」という人びとに関する調査を長い間おこなっています。近年、特に注目しているのは、かれらのアイデンティティの柔軟さです。かれらは特定の地域に集中して住むのではなく、拡散的に居住地を築き、海や森の資源を巧みに利用しながら海を基盤とする独自の生活世界をつくりあげてきました。その過程ではかれらは、異なる言語、文化、出自の人たちをゆるやかに受け入れて、バジャウとしてのアイデンティティを創りあげてきたと考えられます。そこには、いわば自生的な共生がみられる。このことは、将来に向けて、世界に向けて、大いに発信できることだと思っています。

グローバル化に潜む現実を知る

授業のうち講義では、こうした東南アジア的な共生のあり方、つまり、現代の日本とは異なる東南アジアの社会・文化のあり方を題材にすることが多いです。ただ、ゼミ(演習)や社会調査実習では、東南アジアに目を向けつつも、「グローバル化」を足もとから見直す作業に力点をおいています。

「グローバル化が進む」という表現を日常的に耳にするようになりました。それは、実際に生じている歴史的プロセスです。けれども、私たちの多くは、グローバル化を、たとえば首都と首都の関係、政府首脳どうしの会談、大企業どうしの交渉としてしかイメージしません。私たちの創造力が、スーパーマーケットで安売りされているバナナと、フィリピンのバナナ農園で低賃金で働く人びとの関係にまで及ぶことは、まずありません。世界中から安く買いつけられて食卓に上るエビと、それを養殖するために伐採されるマングローブ林、そしてそこに暮らす人びととの関係に私たちが目を向けることも、まずないでしょう。こうした身近な生活と関連したグローバル化の現実を、私たちはもっと知るべきだと考えています。ゼミや実習では、そうした「グローバル化」のあり方を、具体的な事例を取り上げて調べ、まとめることが課題になります。その学びの手法として、私はフィールドワークに重点をおいています。

草の根から理解し行動しよう

現場に行く、自分の足で歩く、見る、聞く、フィールドワークに基づく教育実践は社会文化システム学科の売りのひとつです。学科全体に関わる活動としては、2007年度から学科教員と学生がともに取り組んできた「紙プロジェクト」があります。東洋大学の白山キャンパスが位置する文京区には、印刷・製本業が多くあります。「紙プロジェクト」は、こうした「紙」に関わる産業とそこに生きる人びととの生活、社会のあり方をフィールドワークを通じて知ろうとする教育研究プログラムです。これまで学生たちは主体的に現場での調査に取り組み、地域社会との連携を図り、その成果をシンポジウムで発表し、報告書にまとめてきました。

世界と関わるなかで市民としての役割を果たしていくためには、自らが生きる地域を足もとから知ることが不可欠です。東南アジアのボルネオ島では、紙や洗剤など私たちの生活を支えるモノの原料を生産するために貴重な森林が伐採されてきました。その現場から、紙のリサイクルを中心的に担っている荒川区の古紙回収業の現場に至るまで、「紙プロジェクト」の学生は自ら足を運び、フィールドワークをおこなってきました。

フィールドワークを通じて学生たちは、調査地の人びととなんとか信頼関係を築き、試行錯誤しながらも、かれらから話を聞かせてもらってきました。こうした現場での学びの過程で、かれらのコミュニケーション能力も大いに向上しました。ただ、自らの生活と世界との結びつきを現場から理解しようとするフィールドワークの経験は、コミュニケーション能力の向上に資するだけでなく、そのすべてが学生のみなさんの今後の人生にも大いに役立つと信じています。なお、「紙プロジェクト」や他の実践的な教育活動を発展させるかたちで、2013年度から社会文化システム学科は「社会文化体験演習」という新たな学びのプログラムをスタートさせました。身近な生活のレベルで、草の根の関わりあいを通じてグローバル化の実際を理解したい、私たちの生活と世界との結びつきをより健全なものにするために自ら行動したい、そうした学生の参加を期待しています。

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長津一史教授社会学部 国際社会学科

  • 専門:文化人類学、東南アジア地域研究

  • 掲載内容は、取材当時のものです