3.すべての人に健康と福祉を9.産業と技術革新の基盤をつくろう

日常生活を豊かにするためのデジタルトランスフォーメーション(DX)の研究

  • 重点研究課題:

    (2)

  • 研究主体:

    情報連携学学術実業連携機構

  • 研究代表者:

    中村 周吾教授(情報連携学部情報連携学科)

  • 研究期間:

    2022年4月~2025年3月

機械学習による問題解決手法を生活の質向上と情報通信技術の発展に活かす

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情報連携学学術実業連携機構(INIAD cHUB)は、大学と社会、さらには世界との連携の結節点となるべく設立された組織だ。2022年度より「日常生活を豊かにするためのデジタルトランスフォーメーション(DX)の研究」をテーマとするプロジェクトが発足し、重点研究推進プログラムに採択された。その目的は、DXの本来の視点に基づいて、機械学習法の最新技術を応用し、新たな基盤をつくることにある。

取材:2022年6月

DX本来の目的である「人間の生活を豊かにする」という視点を大切に

今、さまざまな場面でDXが必要とされています。しかし、世間では業務の効率化を図る目的のほか、DXは人間にとってネガティブな印象としても捉えられているようです。そこで、私たちは本来のDXが目的とする、人間の生活を豊かにするという視点に立って、デジタル技術を応用していくことを研究のテーマとしました。

このプロジェクトでは、日常生活において身近である自然言語や音楽・音声、画像、動画などのビッグデータを取り扱い、機械学習による問題解決手法を日々の人々のコミュニケーション、IoT、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)、MR(複合現実)などのxR(クロスリアリティ)、数値計算といった分野へ応用することで、人間の生活の質向上と情報通信技術の発展に寄与することをめざします。

機械学習は汎用性が高い技術であるため、さまざまな分野への応用が可能なのです。採択初年度である2022年度は、私を含めて情報連携学部でこれらの分野を専門とする教員5名でプロジェクトメンバーを構成していますが、今後は学部外の研究者との連携も深めていくことを予定しています。

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さまざまなテーマに基づいて機械学習の技術を応用

具体的な研究テーマ例としては、①生体分子のダイナミクス解析のための新規機械学習技術の開発、②リアル・サイバー融合空間における人間同士のコミュニケーションの円滑化、③エンタテインメント分野への応用を考慮した物理シミュレーションの研究、④IoTデバイスへの搭載を目的とした移動物体検出についての研究などが挙げられます。

たとえば、①については、生命科学分野において重要とされるタンパク質などの生体分子の立体構造と、そのダイナミクスを解析するための新たな機械学習技術を開発することで、まだ研究例や公開例が少ないこの分野への貢献を考えています。

②については、この数年、コロナ禍でオンライン会議ツールの利用が大きく広がったなかで、オンライン空間では非言語情報の伝達が不十分であり、ストレスが高まることが多いと言われています。そこで機械学習を用いて、参加者の表情や動作、話し方のトーンなどをリアルタイム分析してフィードバックすることで、言語や論理的な情報だけではなく、感情や心理的なコミュニケーションをサポートし、快適性を増すことができないかと考えています。

③については、数理モデルの構築がなされている物理現象について、機械学習のアプローチを導入し、現象を再現できないかを実験します。これが実現できるとxRにおいて物理現象を再現でき、没入感を与えることが期待されます。

そして、④については、IoTデバイスとして監視カメラを対象とし、カメラにビジュアルトラッキングタスクの学習ネットワークを導入することで、人物や動物の監視能力を向上させることだけではなく、行動情報を別のアプリケーションにつなげることを検討していきます。

当然ながら、機械学習の技術を応用していく際には、既存技術だけでは不足するため、機械学習の技術そのものを改良し、新しいアルゴリズムを開発することも計画に含めています。そのため、基礎から応用までを研究対象としていくことになります。

幅広い分野との連携により新たな技術開発をめざす

これまではメンバー各自が専門分野に特化して研究に取り組んできたところを、今回のプロジェクトで連携することにより、従来にはなかったような発想が得られるのではないかと期待しています。今、世の中の流れとしては、開発したソースやコードは公開してシェアしていく方向となっています。そこで、今回のプロジェクトで得られた知見や新しい技術、データも積極的に公開することで、何か社会にインパクトを与えることができたらと思います。

個人でできることには限りがあります。プロジェクトとしてメンバーが連携することで、より規模の大きな研究に取り組むことができ、また、機械学習の大規模な計算ができるようになることで、応用できる範囲がより広がっていくことが期待されます。

連携できる分野は理系に限ったことではありません。扱うデータは自然言語や音声、画像、テキストなどですから、たとえば、テキストのデータ解析といった分野で文学系の研究者と連携することもできます。

社会学系の研究者の協力を得ることができれば、単なるツールとしてではなく、社会的な影響を考慮して、機械学習のアプローチを踏まえた実装の評価・分析と改良なども進めることができるでしょう。生体医工学や生命科学との連携はもちろん、食生活や住環境に付加価値を与える研究なども予定しています。機械学習においては、データの由来が何であれ、ひとたび数値化されたものであれば、どんなものでも扱うことができるという良さがあります。

そのため、どんな分野でも連携して研究を進めることができるのです。そうして他分野との連携が広がることによって、機械学習を中心に据えて、互いの専門性を活かしながら応用し、私たちの生活が豊かになるような技術を開発していきたいと考えます。

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デジタルネイティブ世代の自由な発想を大切に人材を育成

今回のプロジェクトでは、若手研究者の育成も視野に入れています。企業の方とお話しする機会もありますが、現場が抱える課題を解きほぐすには、単に技術だけではなく、技術を応用していくことが求められます。そうした技術と応用の乖離ができるだけなくなるような、中間に立てるような人材がこれからは求められます。

大学としての使命は、そうした人材の育成にあると言えます。私をはじめとする研究者たちの多くは、コンピュータが世の中にない頃から生きてきています。そのため、現代のデジタルネイティブ世代が身の回りにあるデジタル技術などを使いこなし、私たちからは想像もできないような使い方をするなど、その発想には驚かされることが多々あります。若手研究者には、そうした自由な発想を大切にしてほしいと思います。

これから3年間の採択期間を通じた研究成果は、機械学習と応用分野のトップカンファレンスやメジャーカンファレンスでの採択、トップジャーナルへの掲載を目標としています。また、実験データやソースコードは公開し、今後の社会全体の技術発展に貢献していきたいと考えています。

私たちは今後、「日常生活を豊かにする」という視点を大切に、生命・医療分野を含めた数値計算、エンタテインメント分野やコロナ禍で傷ついた人々の日常的なコミュニケーションなどへの応用のための技術開発を進めます。

そして、この研究を通じて、SDGsの「3. すべての人に健康と福祉を」や「9. 産業と技術革新の基盤をつくろう」「17. パートナーシップで目標を達成しよう」という目標にも貢献することをめざしていきます。

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中村 周吾

東洋大学情報連携学部教授、情報連携学科長。
東京大学工学部計数工学科卒業。東京大学大学院農学系研究科応用生命工学専攻修士課程修了、博士課程中退。博士(農学)。東京大学大学院農学生命科学研究科准教授、東京大学大学院情報学環准教授を経て、2017年より東洋大学情報連携学部教授に就任。専門はデータサイエンス、生物物理学、生命情報科学など。