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福祉社会における新たな価値の創発と支援システムの構築

  • 重点研究課題:

    (2) (3) (5)

  • 研究主体:

    福祉社会開発研究センター

  • 研究代表者:

    志村 健一 教授(福祉社会デザイン学部社会福祉学科)

  • 研究期間:

    2022年4月~2025年3月

誰一人取り残さない社会の実現をめざしICTを活用して社会の分断を解消

写真:志村 健一教授

東洋大学福祉社会開発研究センターは、社会学部、ライフデザイン学部 ※2(※2 2023年度より福祉社会デザイン学部(予定))、国際学部、文学部、理工学部と連携し、ICTを活用して社会の分断を解消し、SDGsが目指す「誰一人取り残さない」社会の構築を目指したプロジェクトを進めている。

取材:2022年6月

社会的なつながりを創出する新たな支援システムを開発

現代は、インターネットによって世界中の人たちと簡単につながることができる時代です。しかし一方で、社会とのつながりが希薄になり、地域社会や職場、家庭内でも居場所がなく孤立する人が増えています。コロナ禍の自粛生活によってさらに社会の分断が進みました。このことに危機感を覚え、社会的なつながりを創出する新たな支援システムを早急に開発する必要があると感じています。それは、SDGsの基本理念である「誰一人取り残さない(No one will be left behind)」社会の構築にもつながります。

残念なことに現在の社会福祉領域においては、組織内外のコミュニケーションや地域を基盤とした実践において、ICTが有効に活用されていません。もちろん対面でしかできない支援やケアがたくさんありますが、ICTの活用は、新しいつながりを構築する有効なツールになるのではと考えています。

「福祉社会における新たな価値の創発と支援システムの構築」をテーマとする本プロジェクトは、前センター長の金子光一教授が率いて昨年度まで取り組んできたプロジェクトを後継し、①相互承認の価値を理論的に探究、②ICT、IoT、ロボット等の科学技術を活用した先駆的な社会福祉実験の検証、③福祉社会に求められる新たな支援システムの構築、の3つを主な目的として活動しています。東洋大学福祉社会開発研究センターを核として、社会学部、ライフデザイン学部(※2)、国際学部、文学部、理工学部の教員約30名が参加しています。

写真:志村 健一教授

理論―実践―開発、3つのユニットが連携し、成果の一般化を図る

本プロジェクトでは、「理論研究」「実践研究」「開発研究」という3つのユニットに分かれ、互いに連携しながら実践を進めています。

「実践研究ユニット」は、さらに①高齢グループ、②障がいグループ、③子どもグループ、④地域福祉グループ、⑤地域包括ケアグループの5つのグループに分かれ、地域の小学校や社会福祉施設、保育施設等と連携して実証実験を行います。

「理論研究ユニット」は、実践研究ユニットで行った実証実験の結果を言語化・一般化することで、活動の意義を明確化し、広く社会に普及啓発していくことを目指しています。また、歴史、原論、法制度という角度から「つながり」の前提となる「承認」について研究し、その成果を実践研究ユニットや開発研究ユニットにフィードバックしていきます。

そして「開発研究ユニット」は、実践研究ユニットで行った実践結果をもとに、ロボットやIoTなどのテクノロジーを使った福祉実践のイノベーションや、システム開発等に資する研究を行います。

写真:分身ロボットOriHime

ICTによって重度の障がいのある人も授業や競技に参加でき、言葉の壁も越えられる

具体的な活動として、「実践研究ユニット」の障がいグループでは、株式会社オリィ研究所の協力を得て、分身ロボットOriHimeを使った、障がいのある人たちへの支援を行ってきました。世田谷区の小学校に通う重度の障がいがある児童にOriHimeを使って授業に参加してもらうというものです。この児童は自宅のベッドの上で、コントローラーを使ってOriHimeを自分の分身のようにして挙手や拍手をすることもでき、教室にいるかのように授業に参加できます。オンラインアプリのZoomも併用して、黒板に書かれた文字を読み、OriHimeを介してクラスメートとグループワークもこなしました。

OriHimeの導入は世田谷区内の他の小学校でも計画されています。医療的ケア児だけでなく、不登校など何らかの事情で登校できない子どもたちにも、社会とつながれる有効なツールとなるでしょう。

このような現場での実践から、黒板の文字が読みづらい、電源のコードが邪魔になるなど改善点も見えてきました。これらの情報は「開発研究ユニット」にフィードバックし、開発会社と相談しながら改善に生かしていきます。

また、オンラインでのボッチャの取り組みも始まりました。ボッチャは東京オリンピック・パラリンピックで、障がいのある人も参加できるスポーツとして一気に広まりました。しかし、残念ながら寝たきりの重度の障がいがある人は参加することができません。そこで、インターネットを介した遠隔操作でボッチャのボールを投げる方向や角度を調整し投球できるアプリを埼玉県の福祉施設の方が中心となって開発されました。このアプリとタブレット端末さえあれば、世界中のどこからでも競技に参加して誰とでも対戦ができるのです。これにより、フルオンライン参加でもハイブリットでも国際大会が開催できると期待しています。この活動の使い勝手や意義を研究し、またシステムの改良に加わります。

また、子どもグループでは、保育の多言語化に関する研究を始めています。近年では保育現場にも、日本語を母国語としない両親に育てられている子どもたちが増えています。この子どもたちは保育士や友達とのコミュニケーションに困難を抱えています。そこで、ポケトークを保育士に携帯してもらい、この問題を解決することができないかと保育の現場での実証実験を進めています。

ところが、早々に問題に直面しました。小学校は国のGIGAスクール構想によって学校にWi-Fiが完備されていますが、保育園でWi-Fiが園全体に敷設されているところはなかなかありません。保育士は、ポケットWi-Fiとポケトークの2つを常に携帯しなければならず、保育活動のボトルネックになってしまいます。このような課題を一つひとつクリアしながら研究を進めています。

写真:

論文や学会で研究成果を発表し、社会に還元していきたい

今後の展開としては、3年間を一区切りとして研究を続け、その成果は、年度ごとに研究紀要『福祉社会開発研究』としてまとめる予定です。また、各研究者がそれぞれの所属学会で報告や論文の投稿を行い、国内外に成果を発表していきます。最終年度には出版も予定しています。すでに、昨年までのプロジェクトの成果『社会を変えるソーシャルワーク』(ミネルヴァ書房)、『認め合い、支え合う 福祉社会の近未来』(中央法規)を刊行しています。

そのほか、各年度末にはシンポジウムを開催し、学外からの研究者や実践者をコメンテーターとして招聘。各ユニットの研究についてコメントをいただく予定です。このシンポジウムは公開し、学生や関連する自治体、一般の方々にも研究結果を還元したいと考えています。

「みんなで一緒に生きよう、一緒に楽しもう」と思える社会の実現に向けて

東洋大学福祉開発研究センターは、これまでもインクルーシブな社会の実現に向けて取り組んできました。そこに、ICTやSDGsといった視点を加えることで、まだまだ保守的な福祉実践の世界から新しい福祉の価値が生まれることを期待しています。

「居場所がない」と感じている身体的、社会的な弱者たちが、「生きていていいんだ」と思うことができ、「みんなで一緒に生きよう、一緒に楽しもう」と思える社会の実現に貢献したい。福祉の専門家だけでなく、異なる分野の研究者、地域の方々や外部の開発者たちと協働することで、社会的つながりを創出し、誰一人取り残さない社会を実現していきたいと考えています。

写真:志村 健一教授

志村 健一

東洋大学社会学部教授、東洋大学福祉社会開発研究センター長。
ウィスコンシン大学ラクロス校大学院修士課程、フィールディング大学院大学博士課程修了。Doctor of Education。道都大学助手、専任講師、弘前学院大学専任講師、助教授、聖隷クリストファー大学助教授、教授を経て2011年東洋大学社会学部に教授として就任。専門は知的障がいのある人たちへのソーシャルワーク。特にソーシャルワーク・リサーチとソーシャルワーク実践を融合させたアクション・リサーチの実践、指導に取り組んでいる。