特別鼎談
川口英夫副学長
(研究担当)
矢口悦子学長
寺田信幸常務理事

分野を超えて融合、協働することで、社会に役立つ新しい価値を創造する

「東洋大学重点研究推進プログラム(以下、重点研究推進プログラム)」は、超スマート社会(Society5.0)の到来に向けて東洋大学における最先端の研究を促進し、世界水準の大学へ発展させることを目標として、2019年度に創設された。地球レベルの課題解決に貢献するとともに、本学のブランドとなり得る独創的かつ先端的な研究プロジェクトを支援する、学内公募型の研究助成制度だ。「東洋大学重点研究戦略会議」メンバーとして、採択されたプロジェクトを審査する立場にある矢口悦子学長、川口英夫副学長、寺田信幸常務理事による特別鼎談を実施した。(以下、文中敬称略)

2021年6月収録

コロナ禍で、より一層鮮明になった重点研究推進プログラムの意義

矢口:重点研究推進プログラムは、「東洋大学独自の高度で重要な研究活動を強化し、教育と社会貢献を連動させながら地球レベルの課題解決を実現していく」という竹村牧男前学長の想いを受け継いで、2021年度で3年目を迎えました。2020年度はコロナ禍という厳しい状況に直面し、世界で起きている問題は、決して単独の問題ではあり得ないということを強く認識させられました。私たちは国際的な協調を取り戻し、こうした地球レベルの問題を共有しながら乗り越えていく必要があります。そこで、2021年度は地球全体の課題であるSDGsの達成等も強調したうえで、プログラムの募集をいたしました。現在7つのプロジェクトが助成対象となり、研究を継続しています。

川口:これまでも東洋大学では様々な研究を進めてきましたが、世の中に与えるインパクトがあまり顕在化されてこなかったように思います。その一因としては、学内外での横の連携が取れていないことが挙げられます。重点研究推進プログラムを通して文理融合を強化し、チームとして活動することで、国際的に認知される研究を推進し、「東洋大学らしさ」を世の中に示していきたいと考えています。助成金の予算は1プロジェクトあたり1年で500〜3000万円ほど、総額では億単位という、かなり大きな規模での研究支援となっています。

寺田:これまでの研究支援の形とは異なり、長期的なスパンで支援し、社会にどれだけ影響を与えられるかを柱とする、大学としても新しい取り組みです。そのため、厳しい審査のうえで採択するプロジェクトを決定しています。採択されたプロジェクトは途中経過を報告し、納得のいく成果が得られなければ減額、もしくは中止となります。2020年度はコロナ禍で、当初の計画通りに研究が進まないことが多くあったと思います。しかし、それは言い訳になりません。実際に若干の濃淡はあっても、各プロジェクトが創意工夫をしながら進んでおり、この状況を逆手にとってピンチをチャンスに変えているプロジェクトもあります。どのような状況に陥ったとしても臨機応変に対応し、真に社会に役立つ研究を生み出すことを目指しています。

矢口:採択されたからには、目標に向けて成し遂げる知恵とパワーが必要です。イノベーティブな研究を行うためには、当初の計画とは異なる進め方になるのは当然のこと。成果報告を受けて評価する際は、状況に合わせた創意工夫も含めて、「新しい価値創造ができるか」という点を厳しく見ています。地球レベルの問題解決に奮闘するなかで、きっと「東洋大学らしい研究」が構築されていくと期待しています。その研究と教育、そして社会貢献を連動させた先に、本学のブランドが作られていくことを願っています。

人々を救い社会に役立つ研究で、“東洋大学らしさ”を表現

寺田:東洋大学の心を表す理念として、創立者である井上円了先生の「他者のために自己を磨く」「活動の中で奮闘する」という言葉があります。これらを咀嚼し理解を深め、自分たちの取り組む研究や教育の中に、表現していくことができれば、自ずと「東洋大学らしい」研究を確立できると思いますが、いかがでしょうか。

矢口:採択されたプロジェクトはどれも、社会で困っている人々を救い、抱えている現状や課題に対して、何らかの方向性を見出すきっかけを生むものばかりです。しかも、それ自体がSDGsの達成とつながっています。例えば、極限環境微生物やバイオミメティクスに関わる研究は、今後、地球社会が目指す方向性に沿っており、世界をリードする可能性があるのではないでしょうか。また、福祉に関する研究も、閉じられた領域で福祉を捉えるのではなく、分野横断の連携を最大限に活かして取り組んでいます。さらに、アスリートサポートに関する研究も、最終的には、誰もがそれによって恩恵が受けられるような社会全体の問題解決につながっていきます。このように、研究を単なる研究として終わらせるのではなく、社会や人に還元される研究こそが「東洋大学らしさ」だと考えています。

川口:「東洋大学らしい研究」として欠かせないポイントとしては、横との連携、文理融合を重視した研究が挙げられます。私たちは応募プロジェクトに対して、俯瞰した立場で審査するなかで、選考の過程や実際の活動中に各プロジェクトに学内での連携先を提案することもあります。この先10年、20年という時間をかけることで、「東洋大らしい研究」が顕在化してくることと思います。

専門分野の垣根を超えて若手人材の育成に力を注ぐ

矢口:昨今は、大学の研究室単位で若手人材を育てていくという仕組みが成り立ちづらくなってきました。若手人材の育成に関しては、世界でも日本は圧倒的に遅れています。大学に対する国の予算も少なく、育てる力も弱い。世界で活躍できる若手人材を育てるというのは、一研究室単位では難しいことです。だからこそ、大学院生や学部生には、この重点研究推進プログラムを通じて多様な経験を積んでほしいと考えています。国内外で活躍する様々な分野の研究者とつながることで視野が広がります。そのような環境を提供することも、私たちの役割です。

寺田:実際に研究で中心になって動いてくれるのは大学院の学生です。まさにこうしたプロジェクトが動くほど、学生と一緒になって取り組む機会が増え、若手人材が育っていくのです。座学だけではなく、いろいろな経験や交流を通して、失敗や成功体験を重ねながら成長することができます。それこそが、「教育と研究」が一体となって進めていける部分であり、学問領域の垣根を越えた交流が新しい創造につながっていくのだと思います。

川口:重点研究推進プログラムには、「社会に貢献する、役立つ研究をする」という大きな目標がありますが、大学院の学生が個人で考えて思いつき、研究を進めていくのは難しいことです。しかし、採択されたプロジェクトの現場に身を置けば、研究成果が一つの形となって世の中に出ていく一連の流れを目の当たりにすることができます。そこで得られる思考や視点は、決して自分一人で身につけることはできません。ぜひ、このような場を活用してほしいと思います。

矢口:そうですね。文系の研究者にとっても、重点研究推進プログラムはチームで協働して成果を生み出すチャンスだと思います。文系では理系以上に、研究が個人の中で完結しがちです。重点研究では、それぞれのプロジェクトはチームとして動くことが求められるため、チームでどのように連携を取るのか、計画をいかに進めていくのか、進めるうえでは何を大切にすべきかなどを実際に経験することができます。例えば、世の中の人たちは、「バイオミメティクス」という言葉をどのように受け止めるでしょうか。その意味をわかりやすく伝える道筋を作るためには、心理学やデザイン、文章の力などの文系の専門的な力が活かされます。研究を社会実装していく道筋のどこかで、「文理融合」が必ず発生しているのです。文系と理系の研究者同士が連携することで、これまで以上に独創的な社会貢献につながっていくことに期待しています。

「どのようなチームを構築するか」が新しい価値創造の鍵を握る

川口:一研究者としての立場で考えると、このように大きな思想を持ってチームを構築し、動かしていくのは本当に大変なことです。だからといって、そこに飛び込んでいかなければ、決して新しい価値を創造することはできません。自分一人では不可能なことでも、チームで取り組むことで、1が10になり、100になり、1,000になり…と、可能性は無限に広がっていきます。重点研究推進プログラムに応募し、チームのトップを務めておられる先生方は皆さん、長期的な視野と情熱を持って取り組んでいますね。

矢口:「自分一人では実現できなくても、こんな面白いことができたら」というアイデアを持っている先生は、どの分野にもいるはずです。しかし、現実問題として、所属している学部や学会などでは、そのアイデアを実現できないこともあるでしょう。ぜひ、そのような場合に、重点研究推進プログラムを活用してほしいと思います。本学には13学部15研究科があり、多様な研究分野の専門家が揃っています。学内の先生方が領域を超えて手を結び、さらに学外、世界へとつながっていくことで、これまでにない面白いチームを作ることができるはずです。そして、そこでの研究によって新しい価値が生まれていくと信じています。

寺田:新しい研究の中に、新しい役割を担う人を巻き込んでいくなど、どのようなチームを作ることができるかが、プロジェクトを成功させるうえでは重要だと思います。例えば、論文を書いて発表するだけではなく、その研究をいかに世の中に発信し、一般の人に理解してもらうか、ということまで考える必要があります。「伝える」ではなく、「伝わる」コミュニケーションを実現するために、言葉の選び方や伝えるための手段など、発信力を高めること、そしてその仕組みを作ることが課題の一つといえます。

矢口:同感です。重点研究推進プログラムとは、これまでの組織のあり方や研究の進め方から脱却し、新たな経験や挑戦をするために用意された最適な場です。ぜひ、この場を活用して、これまでため込んできた力を思う存分に試してほしいと願います。そして、このプログラムに関わったすべての人が、その経験を活かして、将来、社会の様々な場面で活躍してくれることを期待しています。

寺田:おっしゃるように、「場」の形成は大事ですね。組織を動かすうえでは、能力を発揮するための場や環境を提供することで、先生も、学生たちもいきいきと動き出し、研究活動そして組織が活性化していきます。

矢口:重点研究推進プログラムは、「世界」をフィールドとした教育・研究の場だと考えてほしいと思います。まさに「実践的挑戦」と言えるのではないでしょうか。必死にもがき奮闘しながら、何が重要なのか、どことつながったらいいのかを考えるからこそ見えてくることがあるはずです。

川口:重点研究推進プログラムに関わり、そこで経験したことは必ず将来に生きると思います。プロジェクトにチームで取り組むことで初めて、気づくこともあるでしょう。固定概念を捨てて、自分の作った枠から一歩外に出ることで、前に進んでほしいですね。教育・研究活動のために、長期的な視野を持って取り組むチームを、私たちは今後も全力で応援していきたいと考えています。

矢口 悦子 学長

お茶の水女子大学卒業。同大学院人間文化研究科(博士課程)単位取得退学。博士(人文科学)。専門は社会教育、生涯学習論。著書に『イギリス成人教育の思想と制度―背景としてのリベラリズムと責任団体制度』(新曜社、1998年)など。2003年に東洋大学文学部教授として着任。2013年4月~2015年3月まで社会貢献センター長、2015年4月~2019年3月まで文学部長。2020年度より東洋大学第44代学長に就任。

川口 英夫 副学長(研究担当・生命科学部教授)

東京大学卒業。同大学院工学系研究科修士課程修了。博士(工学)。専門は脳科学、行動科学、細胞工学。前職は(株)日立製作所基礎研究所主任研究員/ユニットリーダ。東京工業大学大学院客員助教授、(独)科学技術振興機構社会技術研究開発センター「脳科学と社会」研究開発領域統括補佐/グループリーダを兼任。2009年に東洋大学生命科学部教授として着任。2016年4月から2019年3月まで東洋大学工業技術研究所所長。2020年度より東洋大学副学長に就任。

寺田 信幸 常務理事(理工学部教授)

東邦大学卒業。専門は、基礎医学、医用生体工学、環境生理学(循環生理学)。博士(医学)。信州大学医学部附属病院、国立循環器病センター、山梨医科大学医学部助手、山梨大学総合分析実験センター助教授を経て、2005年に東洋大学工学部教授として着任。2009年より東洋大学理工学部教授、2018年12月より学校法人東洋大学常務理事に就任。