スポーツを取り巻く環境が変化しています。選手とコーチの二人三脚で試合に臨むのではなく、管理栄養士や研究者、スポンサーなど幅広い分野のスペシャリストがチームとなって選手を支える体制がつくられるようになってきたのです。東洋大学では2016年度より、5つの学問分野からスポーツにアプローチし、日本のスポーツの発展を支え、社会に貢献できる人財を育成する環境を整備。数々のトップアスリートを育成してきた法学部の平井 伯昌 准教授(水泳部監督)と土江 寛裕 准教授(陸上部短距離部門コーチ)が実際のスポーツの場で感じている現状について語り合っていただきました。(敬称略)

スポーツを取り巻く環境は、どのように変化してきているか

平井:この10年ぐらいで環境は変化してきたように感じます。水泳では、10年ほど前から国体にトレーナーが同行するようになってきました。選手を取り巻くスタッフによる「サポート」に対する関心がとても高まっているのを感じています。実際にスポーツ産業を見渡すと、どのスポーツでも、選手以外の人の関わりが増えてきている現状があります。日本でこのように選手を支えるサポートスタッフに注目が集まるようになったのは、2004年のアテネオリンピックでの「チーム北島」が一つの例として挙げられるでしょう。北島康介選手には、国立スポーツ科学センター(JISS)の研究員などがついて、映像分析、肉体改造など「科学」を味方にして強化を進めたのです。

土江:陸上でも同じです。現場にはこれまで、選手とコーチしかいませんでしたが、最近では管理栄養士をはじめ、研究者などがついて、選手を支えています。

平井:国としても「スポーツ振興計画」が掲げられました。アスリートの発掘・育成・強化体制の充実を重視し、わが国のトップアスリートが世界の強豪国に競り勝ち、メダルを確実に取ることができることを目指しています。そのため、医学・心理学・力学などスポーツを科学や情報分野からの支援をはじめ、競技用具の開発、調査研究まで多方面からアスリートをサポートする体制づくりを求められているのです。

土江:日本は世界に比べると、スポーツをサポートする体制づくりが遅れていたと思います。オーストラリアでは、指導者のほか、栄養士、科学スタッフ、指導者、マネジメント、企業など、サポートスタッフが、チームとして研究所で机を並べ、常に議論し合いながら、選手の強化に取り組んでいるそうです。これまで日本では、そのようなスタッフ間の連携がなく、それぞれが直接、選手と関係をつくっていました。しかし、平井先生の「チーム北島」がモデルとなって、今では選手を取り巻くサポートメンバーがチームとなり、上手く機能し始めたという状況です。平井先生が「チーム北島」をつくったときは、何かモデルになるチームがあったのですか。

平井:水泳ではないのですが、スキーにはそうしたチームで選手を支える体制がありました。アルペンスキーのトンバ選手はプライベートチームを作って、マネージャーや専属コーチ、ドクター、トレーナーなどのスタッフとともに試合に臨んでいました。その様子を大学時代にテレビ番組を通じて知り、私もスペシャリストを集めてチームを作ってみたいと思ったのです。

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スポーツ科学の分野の研究が進み、選手を支える環境が変化した

土江:科学の側面からスポーツにアプローチするようになると、これまで“常識”とされてきたことが、実証できなくなり、また新たな常識が生まれるようになりましたね。陸上ではたとえば、これまで、地面を蹴るときにひざを伸ばしていた方が速く走ることができるとされてきました。しかし、研究が進む中で、実はひざが曲がっていないと速く走れないということがわかったのです。科学で実証することにより、古い常識から脱却するということを指導者も理解しなければなりませんね。

平井:何でも科学で実証することが必ずしもすべてとは言えませんが、確かにこれまでは経験則で感覚的であったことが、科学というアプローチが入ることで、より正しい泳ぎ方、走り方というものが見えてきたのです。土江先生の言うように、指導者がそこを理解することは、選手を育てるうえで、大切なことだと思います。

土江:情報技術の進展で変わったこともありますよね。インターネットなどで新しい情報がいつでも手に入る環境が整ったので、情報をいち早く取り入れながら、自分たちに合うやり方を編み出すことができるようになったと思います。

平井:昔は世界のトップアスリートが書いたトレーニングなどの本の翻訳を読んで、その技術や考え方を“そのまま”取り入れていました。今はそうした考え方を日本人に合うようにアレンジするようになっていますね。

土江:世界のまねをしていた走り方から、日本独自の走り方が生まれ、結果もついてきているのです。日本人に合う走り方をすることで、記録が伸び、世界に追いつきつつあります。

平井:水泳も同じ状況にありますね。だから、世界へのあこがれ、世界に追いつけという意識から、今では世界に挑む、世界と戦うという意識への変化も見られます。以前なら世界のトップアスリートの一挙手一投足を見て、まねしていたのが、最近ではむしろ、日本はどうしているのかと世界が注目するようになってきました。日本人ならではのきめ細やかさを生かしたトレーニングが、今度は世界からまねされるようになってきているのです。

土江:こうして選手を科学的に支える環境ができたことで、選手自身のピーク年齢も上がってきているように感じますが、いかがですか。

平井:そうですね。確かにピーク年齢は上がっています。水泳では以前なら10代がピークでした。それが1990年代頃から徐々に上がり始め、20代中盤から後半がピークになってきました。スポーツは「心技体」と言われますが、10代のうちはまだ「心」の発達が追いついていなくて、年齢と経験を重ねていくなかで、20代後半にもなれば精神的にも成長し、結果的に精神力の高い選手が強くなっていく。以前なら、10代でピークを終えてしまうので、指導者も18歳までに何とかしなければと焦りがありましたが、今は10代後半、大学に入学してきた時期はまだ、技術的にも精神的にも発展途上だととらえられるので、じっくりと指導できるようになりました。陸上はどうですか?

土江:競技キャリアは長くなっていますよね。以前は大学を卒業する頃がピークでした。しかし、今はそうではない。肉体的なピークを超えても、その後は精神的な高まりがあり、むしろ再現性が高まっていきます。いつでも同じパフォーマンスを出せるようになるのです。若い頃は“力に任せて”ということで、結果が良かったり悪かったりと波があるのは、そうしたことからです。身体の成長と心の成長が伴って、結果を出せるようになっていくのではないでしょうか。

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スポーツとの関わり方を考えることの大切さ

平井:私は大学を卒業後、長年にわたり社会体育という立場で指導にあたってきましたが、今、大学という場に戻ってきて感じるのは、学生の自主性を高めなければならない、ということです。私が学生の頃は、部の運営をすべて学生が行っていました。マネージャーは、部費の管理から企業を回って支援を依頼することまで、学生が社会とつながって大人と接する機会は多かったと思います。しかし、今の学生たちを見ていると、部の運営にどれだけのお金がかかっているのかも知らない。ただ練習するだけ。自分たちが活動をするために、どのような人が関わり、お金が動いているのか、学生自身が動いて知るべきだと思いますね。そのなかで、どのようなスポーツ関連の産業が関わっているのかも見えてくるはずです。社会と接点を持つことで学ぶことは多いと思います。

土江:これまで直接的にスポーツとは関連がないと思われていた分野も、実際には関わっています。たとえば選手のマネジメントという面で見ても、法的な立場で物事を見つめて、契約を結ぶことができるスペシャリストも必要でしょう。そうした専門的な知識を持ち、なおかつ自らスポーツをしてきた経験があれば、よりスポーツが置かれている現状を理解でき、専門知識を生かして、選手を支えることができます。スポーツを切り口にして、大学で自分が学んだ専門分野を生かして活躍できる環境があるのです。そうしたスペシャリストを大学では育てていく必要があると実感しています。法学部企業法学科に新設される「スポーツビジネス法コース」はその一例ですね。

平井:選手にとっても、セカンドキャリアの重要性は学生のうちから考えておいた方がいいと思いますよ。スポーツしかできないというのでは、将来、競技から離れたときに、何もできることがない人間になってしまいますから。プロの世界で活躍できる人間は、ほんのひと握り。だからこそ、スポーツ以外の何かという専門分野を持っておくことは大切だと思います。

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ビジョンを持って大学生活を送ってほしい

土江:そのためには、大学選びの段階から、自分が興味あることは何かを考えておかなければなりませんね。興味の幅を広げることは大事です。中学・高校とずっと運動部で活動してきたからといって、必ずしもみんな体育学部に進学して、体育の先生になればよいというものでもない。スポーツ以外の専門分野を持って、知識を深めることで、活躍できる場が広がります。

平井:目的意識を持って大学を選ぶことは大事なことです。学生を見ていると、女子は目的意識が高いように感じますね。水泳部には、2020年の東京オリンピックまでは競技生活を続けるけれど、その後は故郷に戻って、地域のために活動したいという学生がいます。だからこそ、在学中にスポーツに関する法律なども学んでおく、という意識を持っているようです。

土江:東洋大学に入学してくる人たちには、ぜひ“目指して”入学してきてほしいと思います。ただ合格したから入学する、というのでは、4年間何となく過ごして終わってしまいます。そうではなくて、自分は東洋大学でこんなことを学んで、こんな経験をしてみたいというビジョンを持ってほしいものです。選手にも、ただ大学で競技に専念するという意識で入学するのではなく、「陸上を通じて将来、こんな仕事がしたい。この仕事をするために、この分野を学ぶ」という目標を持っていてほしいと思います。

平井:そうですね。そのためには、私たち指導者の側も、学生や選手に、将来を見据えて学ぶことができるような指導が求められていくのでしょうね。

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平井 伯昌准教授法学部 企業法学科

  • 専門:競泳指導・コーチング

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土江 寛裕准教授法学部 企業法学科

  • 専門:スポーツ科学、バイオメカニクス、コーチング学

  • 掲載内容は、取材当時のものです