産業事故が起きると、私たちはつい犯人捜しをしてしまいがちです。しかし、ヒューマンエラーによる産業事故は、必ずしも人間のミスだけに問題があるのではありません。事故の引き金を引かざるを得なかった背後には、さまざまな要因が考えられます。わかりにくい説明書、間違えやすい指示書など、だれもがエラーを犯しやすい環境が事故を誘発している場合もあるのです。つまりヒューマンエラーとは、人間と、人間を取り巻く環境との相互作用によって決定された行動により、その行動が期待された範囲から逸脱するものとして定義できるでしょう。今回取り上げた2005年のJR福知山線脱線事故は、死亡者数107名、負傷者数562名と産業事故の中でも大惨事となった鉄道事故です。注意が運転からそれたため、ブレーキの使用が遅れ、制限速度を大幅に超えるスピードでカーブに進入してしまい脱線した、という運転士の選択的注意(複数ある情報の中から重要だと認識した情報のみを選択し注意を向ける認知機能)が原因の一つと言われています。しかし、本当に運転士一人だけのヒューマンエラーとしてよいのでしょうか。この背景には、運転士がミスをした際に、見せしめのような日勤教育が行われていたり、オーバーランなどのミスを隠す悪しき風習があったりなど、企業側の運転士管理方法にも問題があったと考察できます。このようにヒューマンエラーは、同じ状況・立場に置かれた場合、別の人も同じ事故を起こし得る可能性があるのです。これから社会に出ていく学生には、そのような想像力を働かせて、エラーを一人になすりつけるのではなく、安全とは何が問題なのかを冷静に考えてほしいと思います。

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喜岡 恵子准教授総合情報学部 総合情報学科

  • 専門:安全心理学、産業・組織心理学、教育測定学、心理統計学
  • 掲載内容は、取材当時のものです