ヴィクトル・ユゴーの小説『レ・ミゼラブル』のタイトルは『ああ無情』という和訳がよく知られていますが、単に「惨めだ」という意味だけでなく、「極貧状態の人々」「社会の底辺にある人々」という意味もあります。
この物語は19世紀のパリを舞台に描かれていますが、物語の中でキーとなる場所である「ゴルボー屋敷」を、ユゴーは貧困・悲惨・不潔・不気味というイメージで語っています。屋敷の周辺も、悲惨さと不気味さが目立つ表現です。しかし同時に、鉄道やアスファルトの道など近代的な文明が入り込むことによって、暗く汚い街が新しい街へと生まれ変わっていくたくましい動きも描き出しています。
また、ジャン・ヴァルジャンやコゼットら登場人物の多くは逆境にある、まさに“レ・ミゼラブル”な人たちですが、それを「ああ無情」と嘆くのではなく、勇気を持ってたくましく生き抜こうとしています。そして物語のクライマックスでは、貧困や不平等に立ち向かう民衆の反乱が描かれ、社会を変えていこうとするユゴーの意思が表れています。これらを踏まえると、ゴルボー屋敷も、非常に悲惨な場所でありながら、どこかに底知れぬ希望や底力を秘めた場所だということが言えるのです。物語の中のパリの描写が、ユゴーの思想や理想、さらにはフランスの歴史をも語っていることがわかります。

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朝比奈 美知子教授文学部 国際文化コミュニケーション学科

  • 専門:フランス文学・文化、比較文学・文化
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