「踏みならされた道は面白くない」。そう語る伊藤政博教授が足を踏み入れたのは、極限環境に生きる生物のミステリーの世界だ。人の行かない道を歩み続けたからこそ実現した、生物の常識を覆す微生物の新発見。そして今、この発見を社会に貢献する新技術へと高めるべく、学生たちとともに新たな道へと分け入り始めている。

最強の生き物のミステリーを追え!

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みなさんは地球上で最強の生き物は何だと思いますか?もちろん“最強”の基準によっても答えはさまざまでしょうが、私の専門分野である「極限環境生物」はまさに、最強の称号にふさわしいツワモノぞろいです。

「極限環境生物」とは、私たち人間を含めて一般的な生物ではとてもではないけれど生きられないような環境でこそイキイキする生命のこと。たとえば、インド洋の深海熱水環境には、摂氏122℃で生きる微生物がいますし、水圧が1100気圧もかかるマリアナ海溝の最深部、水深1万900mのチャレンジャー海淵にはヨコエビという小さな甲殻類が生きています。

そのほかにも塩度が飽和状態の岩塩の中や3キロメートル以上掘り進んだ金鉱山の地底深くの環境、空気の極めて薄い成層圏など、地球上のあらゆる場所に生命が存在することがわかっています。

とは言え、「極限環境生物学」は生命科学の中でも若い研究分野。まだ未解明・未発見な環境、生物もたくさんいます。踏みならされていないフィールドだからこそ、新しい発見の可能性もいっぱいあるのです。生命のふしぎ・深海・変わり者の生き物に興味のある人なら、きっとワクワクする研究分野だと思いますよ。

暮らしに役立つ極限環境生物たち

新しく発見された生物をいかに社会に応用するかを研究するのも、「極限環境生命科学」の領域です。

私がかつて教えを受けた研究室の教授は、好アルカリ性微生物の酵素を洗濯洗剤に応用し、少ない量で汚れ落ちのいい洗剤の開発に貢献しました。「バイオテックス配合」などと呼ばれるこうした洗剤は、今ではすっかり「あたりまえ」となりました。

近年、好アルカリ性微生物の漂白作用は製紙にも用いられるようになりました。一般的にパルプを漂白するためには塩素が使われますが、塩素漂白した紙ゴミを燃やすと極めて毒性の高い物質であるダイオキシンが発生してしまいます。塩素を使わない環境に優しいパルプは「エコパルプ」と呼ばれ、近年徐々に認知も広がっています。

新発見に比べたら、実用化に向けた研究・開発というのは地味な作業に見えるかもしれません。しかし、生物の特性をいかに新しい技術に生かすかはアイデア次第。クリエイティブな志向を持った人だったら、こちらの研究もきっと面白いはずです。

常識を覆した生物の新発見

2008年、私たちの研究チームがこれまでの常識を覆す微生物を発見しました。多くの微生物は、べん毛モーターと呼ばれる運動器官を利用して環境中を移動します。この駆動エネルギーとして、かつては水素イオンかナトリウムイオン、どちらかをエネルギー源とする微生物しか知られていなかったのですが、私たちの発見した微生物は環境に応じて2つのイオンを使い分けることがわかったのです。

現在はこのエネルギー源切り替えの仕組みの解明とともに、この作用を利用した人工のナノマシンの研究開発に取り組もうとしています。

東洋大学は、国内の大学や研究機関の中でも極限環境微生物の研究者が最も多くそろっているだけに、この分野に興味のある学生が学ぶには最高の環境です。また毎年夏には、私がかつて働いていたニューヨーク・マウントサイナイ医科大学の研究室に数名の学生たちを引率して短期研究留学することも恒例行事となっています。

学生たちには多くの研究者と交わり、見聞を広げてもらいたいですし、その上で誰もまだ踏みならしていない研究テーマに取り組み、研究者としての基礎を身につけるよう丁寧に指導しています。

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伊藤政博教授生命科学部 生物資源学科

  • 専門:極限環境生命科学

  • 掲載内容は、取材当時のものです