研究ユニット(「エコ・フィロソフィ」学際研究イニシアティブ)
1.自然観探究ユニット
我々がライフスタイルを改革・実践していくには、その人にとっての確たる思想が自覚されていることが重要であろう。その思想は、けっして借り物ではない、真に自分自身の存在の根底から築きあげられたものでなければならないに違いない。単に西洋は行き詰まっている、東洋は可能性があるという、表層的な印象による気分のみでなく、日々、自己が生活し呼吸している場を形成している社会・文化の深層にあるものを汲み上げて、現代社会の課題に取り組むべきであろう。そういう立場に立って、我々は東洋の自然観、日本の自然観の核心にあるものを掘り下げたいと思うのである。
科学者の中には、近年の温暖化等々の影響によって、実はこの地球世界はもう50年いや30年も持たないと、真剣に警告している方もいる。事態はまことに深刻であり、今やサステイナビリティを追求する実践が急務であることも、きっと間違いないことであろう。未来世代のいのちあるものの身のうえを思うとき、できるかぎりの実践を行わずにはいられない。また、できるかぎり社会の仕組みの改革に、関与していくべきであろう。政策への意思表示のほかにも、たとえば、リサイクル・システムへの協力や、フェアトレード運動への参画など、考慮すべきことは多い。
と同時に、自己と自然環境のあり方、自己と他者のあり方、について、深い洞察を獲得し、人々と共有していくことも、問題解決への道を根底において支えることになるであろう。それは短期的な効果は希薄かもしれないが、長期的にはぜひとも必要なことである。とりわけサステイナビリティのことを想うとき、未来の見知らぬ他者との関係をどのように自覚するかが課題となる。このような問題を、今はやりの言葉でいえば、可視化していくことが必要である。自然観の探究の視点にも、そうした観点を導入しての、意欲的な研究が重要だと思うのである。
2.価値観・行動ユニット
TIEPhでは、2007年から2008年にかけて、第2ユニットが中心となり、シンガポール、中国、ベトナム、日本において環境に関する価値観調査を実施しました。調査結果からは、自然観、生活観、科学観などに地域差があり、それらが環境保護の意識と関連していることが明らかとなりました。また、西洋諸国を対象とした同種の調査との比較から、東洋と西洋の間の価値観の文化差も示されました。このような、価値観の地域差や文化差が、環境配慮の意識や行動にどのような影響を及ぼしているのかを知ることが、第2ユニットの研究テーマのひとつです。今後も経済発展の著しいアジア諸国を中心に調査研究を継続し、人々の価値観という側面からエコ・フィロソフィについての考察を進めていきたいと考えています。
一方、社会心理学の観点からは、環境問題は社会的ジレンマの事例としてとらえることができます。社会的ジレンマとは、個人の利益と社会の利益とが両立しない状況を指し、個人個人がそれぞれに自分の利益を追求すると社会全体として不利益が生じるというものです。社会的ジレンマは解決が難しい問題として知られており、環境問題においても個人が快適で便利な生活ばかりを求めるのではなく、地球社会や未来社会の利益のために行動するようになる条件が模索されています。第2ユニットでは、集団やコミュニティにおける社会的な人間関係の視点から、解決策を探る研究を積み重ねています。
環境に配慮した行動を取るための条件を個人のレベルで見てみると、行動することの重要性はわかっていても、実際に行動には移せないという状況が明らかとなります。このような認識と行動の不一致はさまざまな場面で見られ、社会心理学の基本的な研究テーマのひとつとなっています。そこで、環境配慮行動に影響を及ぼす社会的な要因を明らかにし、行動を促す具体的な方策を提言することも、第2ユニットの研究目標のひとつです。特に、社会的な規範意識の形成や、広告や説得などのコミュニケーションの効果を調べる研究が進められています。
社会心理学は、現実社会のさまざまな問題を扱っていますが、環境問題に関する研究は、その社会的な重要性の割にはまだ十分な広がりを見せていません。TIEPhの第2ユニットは、この分野の社会心理学的研究を推進する拠点となるべく積極的に活動を進めていきたいと考えています。
3.環境デザインユニット
環境デザインの課題は、環境設計をアイディアとして企画し、現実の環境問題に対して、より多くの選択肢を提示していくことである。現在の環境問題への対応は、それほど多くの選択肢の中から選択がなされているわけではない。それらの多くは、現実の行動を抑制する方向で課題設定されることが多い。二酸化炭素を出さないように、つつましやかなで、禁欲的な生活のモードを模索するというような、いわば生活態度の規制を目指すものも多い。エレベータに乗るよりも、できるだけ階段を歩こうというスローガンは、個々人の倫理的態度に訴える以上、少し無理がきている。むしろエレベータに乗るよりも、階段を上った方が面白く、その階段を登れば、いくつもの経験ができるような階段を設計してしまうことに力点を置くのが、環境デザインの課題である。そこには身近な小さなアイディアから、都市設計にいたるまで、さまざまなレベルの課題がある。たとえば歩行者の集中するエスカレータを降りた直後の通路には、発電板を設置して、歩行頻度がおのずと自家発電につながるような工夫である。
こうした課題設定が目指すのは、現実の生活において、個々人ごと、あるいは個々人間の選択肢を増やすことである。江戸時代のように物質循環の範囲で生活をしようと希望するものには、そうした選択が可能となり、ニューヨークのような生活を送りたいものにはそうした選択が可能となるような、多重回路網の設定である。こうしたなかで個々人は、みずから工夫しながら、生活することができるような設計である。こうした工夫をつうじた個々人のライフ・デザインは、その人のセルフ・デザインであると同時に、間接的に環境問題に寄与するような設計を行うことになる。素材は過去のアジアの智恵にも、最先端の科学技術にも広く分布している。必要とされるのは、選択肢に満ちた工夫である。