東洋大学は“知の拠点”として地球社会の未来へ貢献します
本ニュースレターでは、東洋大学が未来を見据えて、社会に貢献するべく取り組んでいる研究や活動についてお伝えします。
今回は、生命科学部生命科学科の金子律子教授に、脳科学の視点から考える人々の健康やQOL(生活の質)について聞きました。
研究のテーマとして掲げている「ニューロダイバーシティ(neurodiversity)」について教えてください。
「ニューロダイバーシティ」は「人のさまざまな神経疾患は、通常のヒトゲノムとの違い(変異、差異)が結果として現れている」という意味で使われることが多いです。しかし、脳の発生、発達、老化を科学的視点から見た場合、そもそも「理想的な脳の神経回路」というものは存在しません。脳の神経回路は誰もが少しずつ異なるので、ニューロダイバーシティは何かしらの神経障がいや疾患を有する人を対象にしているのではなく、「脳の多様性」を表す言葉としてすべての人に当てはまる概念だと言えます。
この分野に興味を持ったきっかけは、大学院時代に自閉症の子どもたちのボランティアを経験したことでした。その後、生命科学の研究者として脳のあるタンパク質に注目して研究を進めていた中で、そのタンパク質の遺伝子(DNA)のたった一つの塩基の変異によって自閉症スペクトラム障がい(ASD)が発症したと考えられる患者さんを共同研究により見出しました。その後、そのタンパク質(CRMP4)の機能や、変異や欠損による影響をモデル動物を使って調べました。そして更に、臨床心理学や幼児教育といった分野も学びつつ、ASDを中心に発達障がいの発症メカニズムや早期支援の方法について、脳科学の視点から研究しています。
人間の脳だけでなく、魚など動物の脳も研究されているそうですね。
人間を含む哺乳類は出生時に身体的な性が決まり、出生後もその身体的な性が維持されますが、動物のなかには性の可塑性が高いものもいます。例えば魚では、成長や環境に応じて自ら性転換する種や、人為的なホルモン注射などによって生殖腺(卵巣や精巣)が性転換する種がいます。生殖腺が性転換する動物では、転換した生殖腺に合わせて生殖行動も変わります。つまり脳の性転換も同時に起きます。私たちが調べているティラピアという魚は、雌雄で生殖行動が全く違います。オスは産卵のための巣穴作りを行い、メスの親は受精卵から仔魚までを口の中で育てます。メスに雄性ホルモンを注射すると、巣作りをしないはずのメスが巣穴を掘るようになります。このとき、メスの脳である特定のニューロンが変化していることを発見しました。さらにニューロンの変化(神経回路改変)のメカニズムについても徐々に明らかにしています。魚の脳の性転換に伴う神経回路改変メカニズムの解明は、将来的には人間の神経回路の再生技術の開発へとつながる可能性があります。
今後、先生の研究はどのように生かされていくのでしょうか
東洋大学 生命科学部生命科学科 教授
専門分野:脳神経科学、神経発生学、神経解剖学、内分泌学
研究キーワード:脳の発生・発達、自閉症スペクトラム障害、脳の性分化、脳の性転換