児童文学研究とは人生の問いに向き合い未来をつくること

TOYO PERSON
Q.教員としてご自身の専門分野を踏まえ、「研究者として研究」することの意味とは?

人生の問いに向き合う

我が子が幼いときに、絵本を読み聞かせながら、母語を獲得していく姿をみて思いました。人はどのようにして言葉を獲得していくのだろう。その過程において、絵本や児童文学はどのような役目を果たすのか。良質な文学や芸術に触れることが、子どもの心と言葉を育てていくと言われているが、そのメカニズムはどうなっているのか。いつ頃、どんなものを読んでいけばいいのか。人はなぜ本を読まなければならないのだろうか。そのような根本的な問いを持って研究している先に、児童文学の深みがあります。

Q.教員としてご自身が、研究者になった経緯をご紹介ください。

未来をつくる

大学は法学部政治学科で世の中のしくみを学びました。卒業後は新しい情報化時代の先導する可能性を求めて通信ベンチャーに就職、国内外での新規事業の立ち上げやマーケティングに従事しました。退職後は、子育てしながら大学院に社会人入学を果たし、博士論文を書き上げて児童文学研究者になりました。政治、電気通信、子育て、児童文学と一見まったく違う道のように思われるかもしれませんが、私にとっては未来を創るという点でつながっています。
子育てを優先していた私ですが、50代になって大学の専任教員になることができました。運にも恵まれましたが、会社員のときも、主婦のときも、どんなときでも本を読み勉強を続けてきたからだと思っています。私たちの体が食べたものでできているように、私たちの知性は読んできた本や学んできたことでできているのです。努力は決して裏切らない。

Q.教員としてご自身のご専門分野について、現在までにどんなテーマを研究されているのかご紹介ください。

主要な研究領域

主要な研究領域は三つあります。一つ目は、石井桃子の翻訳研究です。石井桃子という名前を知らなくても、石井が訳した『クマのプーさん』『ピーターラビットのおはなし』を聞いたことがないという人はいないでしょう。子どもをひきつけてやまない名訳の秘密を「声の文化」の観点から明らかにしたのが、博士論文をベースにした初単著『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか』(ミネルヴァ書房、2014年)です。この他にも、石井の伝記や翻訳に関する論文も書いています。
二つ目は現代の絵本・児童文学研究です。国際学会で求められるのは、現代日本でどのような絵本や児童文学が出版され、どのように受容されているのかです。震災にまつわる絵本、オノマトペ絵本、ディストピアファンタジーなど独自の切り口で、現代児童文学を論じています。IRSCL(国際児童文学会)をはじめとして、国際学会でも積極的に研究発表を行い、海外の児童文学研究者と交流を重ね、海外の研究者を毎年授業や講演会に招聘しています。
三つ目は児童文学専門家としての読書指導です。司書資格科目「児童サービス論」、司書教諭資格科目「読書と豊かな人間性」の授業を担当し、司書・司書教諭の育成をしています。近年、インターネットでのレファレンスやデジタル書籍の導入など図書館でもDXを取り組んでいましたが、2020年のコロナ禍で一気にオンライン化が進みました。新しい時代の司書を育成するためのカリキュラムを念頭に、現役の司書などの外部講師を積極的にお招きして司書の仕事を話してもらったり、デジタル書籍のアプリを学んだり、デジタル絵本を制作したり、国内外の図書館関係の情報にあたり研究をしています。またオンライン絵本会を立ち上げ、学外の関係者と協力しながら社会貢献を実践しています。
これら三つは学会発表の場や研究仲間としては別々のコミュニティになっていますが、私の中では児童文学の研究と実践、国内外の接点としてつながっています。勉強は自己満足で終わるものではなく、後進を育て、社会に貢献してこそ研究の意義があると思っているからです。

Q.研究者として、つらかったことや、嬉しかったこと?

山あり谷あり、起伏があるほど人生の物語は豊かになる

大学卒業後に一般企業に勤め、専業主婦として子育てに専念し、40代で改めて文学の道を目指しました。長男が幼稚園に入園したときに修士に入学、次男の出産で休学をはさみながら足掛け10年かけて博士学位までたどりつきました。論文の締め切りや学会発表の前に限って、子どもは熱をだしたり怪我をしたりするものです。綱渡りの毎日でしたが、家族の協力や友人の支えもあり、なんとか続けてこられたから今があると思っています。
子どもたちに我慢させたり、自分も病気になったり、苦しいことは何度もあったけれど、それでも乗り越えてこられたのは、なんといっても自分が立てた問いに向き合うことの面白さです。仮説を立て、それを論証する文献を探し、鉱脈を見つけたときのゾクゾク感といったら、どんな興奮剤にも勝ります。そして、それが形になって出版されたとき、初めて単著の見本を手にしたときの嬉しさは言葉では表せません。自分がつぎ込んだ時間と努力が、形になって目の前にあることの喜びを想像してみてください。起伏が多いほど物語は面白く、人生は豊かになるのです。

Q.大学院で学ぶことの魅力とは?

大学院で学ぶ魅力は三つあると思います。一つ目は自分の好きな領域を極めていくこと。好きなことをして過ごす人生は心底楽しい。二つ目は、知的好奇心をみたしてくれる人との出会い。教員、院生同志、そして学会など学外で同じテーマを追いかける者……国境や言語も越えて広がる真の友です。三つ目は、本との出会い。図書館にこもり本に埋もれる時間はきっと、とっておきの一冊に出会わせてくれる。そしてその一冊が、人生に迷ったときにあなたを支えてくれるのです。

Q.大学院で学びを考えている受験生にメッセージを一言。

背伸びしよう、強く思えば夢は叶う

本専攻には多様な研究領域を専門とし、バラエティあふれる人生経験を重ねてきた教授連が控えています。もしかしたら、あなたの人生を左右する運命の恩師に出会うかもしれない。海外からの留学生も多いし、反対に海外留学にチャレンジする仲間も多い。内向きになんてなっていられない。グローバル化の最前線で、異文化に出会ってカルチャーショックを受け、自文化を振り返り、磨いた語学力を武器に発信していく。オンライン化が進み、学びの場が一気に広がり、国境もなくなってきた。必要なのは、学びたいという意思のみ。大きな夢を抱いて、背伸びしてみよう! みなさんの可能性を最大限に引き出すために、わたしたちの専攻は、色々なチャンスを用意して待っています。

プロフィール

氏名:竹内 美紀(たけうち みき)
経歴:
現在、東洋大学大学院文学研究科国際文化コミュニケーション専攻准教授
平成24年フェリス女学院大学大学院人文科学研究科英文学専攻博士後期課程満期退学
平成29年より、東洋大学文学部国際文化コミュニケーション学科准教授
専門:児童文学、翻訳論
著書:
『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか』(2014) など
http://ris.toyo.ac.jp/profile/ja.49ce7e9f9582deae1746445d1e9976a5.html

掲載されている内容は2021年3月現在のものです。