Q.教員としてご自身の専門分野を踏まえ、「研究者として研究」することの意味とは?
研究することは新しい見方、考え方を提示すること
現代では政治、経済など色々な分野で、日本とアジアとのつながりが重視されるようになってきました。しかし「思想・文化から見たアジア」という点では、まだあまり知られていない部分もあります。私はインド、ネパール、インドネシアなどアジア諸地域の仏教とヒンドゥー教文化の大きな流れや、現在それらの地域で行われている儀礼などの宗教行為、また美術など宗教芸術がどのような歴史的、思想的背景を持ち現在にいたっているのかという点、さらに地域ごとの文化の特色に関心があります。南アジア、東南アジアは経済や産業の成長著しい地域ですが、そのような状況でも長い歴史を持つ宗教文化は社会の奥深く根付いています。私はこれらの宗教文化について文献研究と現地調査を通して考察していますが、この分野は今後ますますアジアを重視するだろう日本人にとって必要不可欠だと考えて研究しています。その際既存の研究に加えて、論文や著書等の形で自分がどのように新しいテーマや考察を提示できるかを考えることが、「研究者としての研究」の大事な部分だと思います。
Q.教員としてご自身が、研究者になった経緯をご紹介ください。
地域に根づく伝統宗教の儀礼を自分の目で見たことが、研究者となったきっかけです
学部時代はインドの現代語、ヒンディー語を学びました。卒業後、同伴家族として1年間南イタリアに滞在したことがあります。その地域はカトリックの文化が深く根付いており、さまざまな儀礼や習慣を眼にしましたが「まるでヒンドゥー教のようだ」と感じました。人々が生れてからずっと儀礼を通じて社会の中で生きていく文化に魅力を感じ、帰国後インドの儀礼研究を目的に大学院のインド哲学専攻に進学しました。
Q.教員としてご自身のご専門分野について、現在までにどんなテーマを研究されているのかご紹介ください。
南アジア・東南アジアの宗教儀礼・図像について、古典文献研究と現地調査から研究しています
学部はインド哲学仏教学の専門ではなかったので、大学院に入ってから密教研究を始めました。大学院では特にネパール密教の儀礼、仏像などの図像について研究してきました。博士後期課程では、インドではすでに消滅してしまった密教を現代に残すネパールのネワール仏教の儀礼を研究し、サンスクリット文献研究と現地調査をまとめた論文「ネパール密教儀礼の研究」で博士学位を取得しました。研究を進めていく過程で、現在残っている儀礼を現地で観察すると、インドから伝わった密教儀礼にもネパール独自の要素が入り、かなり変容していることがわかりました。その後インドの仏教やヒンドゥー教の儀礼・図像の、他地域における受容と変容に興味を持ちました。現在は従来のフィールドに加え、インドネシア、バリ島のバリ・ヒンドゥー教の儀礼や図像も研究テーマに組み入れました。バリ島ではインドのヒンドゥー教がジャワ島を経由して入っており、儀礼や図像の形態もインドとはかなり変わっているので研究も難しいと思いますが、この課題については今後現地調査や文献研究を通じてじっくり取り組む予定です。
Q.研究者として、つらかったことや、嬉しかったことは?
サンスクリットやチベット語文献講読の予習は結構つらかった。でもあとは楽しいことばかりでした。
学部卒業後就いた仕事が自分に合わずつらい思いをしていたので、離職後大学院に入ってからは、楽しいことしか覚えていません。あえて言えば、サンスクリット語やチベット語の習いたての時に、いつも予習で徹夜になってしまったことがつらかったでしょうか。博士論文を書いていた時には何度もネパールに足を運び、現地の仏教僧に聞き取り調査をしました。毎日のように先生のご自宅を訪ね、お茶をいただきながらサンスクリット・テキストやそれを用いて行う密教儀礼について、こちらの質問に丁寧に答えていただきました。すでにその先生は亡くなられましたが、今でもとても楽しい思い出です。
Q.大学院で学ぶことの魅力とは?
専門分野の深みを知ることができ、自分の研究を学内外に発信できるのが魅力です
大学院は学部とは違い、少人数の授業でじっくり文献講読などを行います。予習などの負担は大きいのですが、その分「自分が専門的に、主体的に勉強している」という実感を得ることができます。また大学院生の発表会や学会で自分が研究発表をすることもあります。慣れないうちは緊張しますが、他大学の同分野の教員や院生の質問や意見など、直接反応を知ることができて非常に刺激になります。また学内外の研究会などに参加すれば、同じ分野や近接分野の学内・学外の院生や教員と繋がりができ、自分の研究に役立つ情報交換なども可能です。私の場合、研究会で知り合った他大学の方々の意見や情報が、その後自分の研究に大きなプラスとなりました。大学院生の時に知り合った仲間とは、自分の研究人生で長い友人関係を築けると思います。
Q.大学院で学びを考えている受験生にメッセージを一言。
「勉強したい!」という気持ちが学びの第一歩、外国語の学習が大事です
大学院は敷居の高い「象牙の塔」ではありません。自分で「勉強したい!」と思った時が学びの第一歩です。ですが、当然ながら遊び半分で修了できる場所でもありません。本専攻では修士論文は必修になっていますので、まず論文作成に向けて担当教員と相談してテーマや方法を決定し、着実に研究を進める必要があります。また本専攻では文献研究の手段としてサンスクリット語、漢文、チベット語、パーリ語、ヒンディー語など関連の古典語や現代語の知識が必須です。もちろん基本としての英語の訓練も欠かさないでください。このように進学してからは色々な勉強が待っていますが、大学院進学を考えている人は、「人と比べて自分は実力がないのでは・・・」などとためらわず、まずは進学相談会などで質問してみて下さい。
プロフィール
氏名:山口 しのぶ(やまぐち しのぶ)
経歴:
現在、東洋大学大学院文学学研究科インド哲学仏教学専攻 教授
1983年 東京外国語大学外国語学部卒業、
名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程修了(博士(文学))。
2007年より、東洋大学文学部。
専門:インド学仏教学
著書:『ネパール密教儀礼の研究』(2005年)
掲載されている内容は2016年5月現在のものです。
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