Q. 進学を決意したきっかけは?
学部3年時のプレゼミ活動の一環として、現存する伝統木造建築物の構造調査に参加し、データの分析・報告書の作成を通じて伝統木造建築物の構造の一端を学びました。さらにプレゼミの終わり頃に研究室の高岩先生から建築物の調査データをさらに分析して、学会発表をしてみないかとご提案いただきました。せっかくの機会だと思い、チャレンジしてみることにしました。このときに初めて「論述する」作業に触れ、論文では「自分の思考を相手と共有することができる」と感動したことを覚えています。これまでにも家族や友達と、何か一つのテーマについて意見を出し合うことは人並みにしていました。しかし、「人が違えば考え方が異なる」のは自明で、意見の食い違いで終わることも多々ありました。一方で、学会発表のために作成した資料は、その研究をおこなう意味、研究手法、分析方法などあらゆるものが客観的にみて正しいことを意識して構成していきます。「人が違っても共有できる考え」そんな世界があるのなら、二年ほど人生設計の寄り道をしてみようと思い、大学院進学を決めました。
Q. 現在の研究テーマを教えてください。
いくつかのテーマを同時進行で研究しているのですが、そのうち2つを紹介します。
一つ目は「釘接合部の構造性能が面材耐力壁の構造性能に与える影響」です。地震が頻発する日本において、建築物の耐震性能は重要な要求性能の一つとなります。多くの方が木造建築物の耐震性能に持たれるイメージは大きく立派な柱や梁が想像されると思います。しかし、実際の地震時には壁が建築物の変形を抑える重要な働きをします。これは現在の新築で採用されている“在来構法”や伝統木造建築物に見られる“伝統構法”においても同様です。現在の壁の多くは合板と呼ばれる厚さ12 mmの薄い板を釘を使って柱・梁などに打ち付けることで構成されています。私の研究は、釘を打ち付ける際の釘の打ち込みの強さが壁の変形性能に与える影響を把握するという内容です。
二つ目は「振動スピーカーを用いた木材の曲げヤング係数の推定」です。地震の揺れによって建築物が変形する際、壁がその変形を抑えることは先に紹介しました。伝統木造建築物においては土壁がその役割をします。二本の柱のあいだ全面に施工された全面壁と言われる壁が、もっとも変形を抑え込む性能が高いです。一般的に皆さんが想像される壁の形です。一方で、伝統木造建築物では襖や障子で構成された開放的内空間からイメージされるように、全面壁はほとんどありません。伝統木造建築物では、襖や障子の上に天井から垂れ下がるようについている垂れ壁と言われる壁が耐震性能に寄与することとなります。垂れ壁は全面壁とは異なり、地震が発生すると柱を曲げるように壁から力が伝達されます。そのため垂れ壁のついた伝統木造建築物の耐震診断では、柱の曲がりにくさの指標となる曲げヤング係数を計測しています。従来の方法は、鉄ハンマーで柱を叩き、そのときに発生する音を分析することで、曲げヤング係数を推定しています。私は、鉄ハンマーの代わりに振動スピーカーを使って柱を振動させ、曲げヤング係数を計測する方法を研究しています。これにより、従来の鉄ハンマーに比べて、より短い木材の曲げヤング係数が測定可能となっていきます。
Q. 研究の面白みはどのようなことですか?
一見すると関係のない研究テーマにおいても、根本の部分で繋がり、派生していくところが研究の面白いところです。私の所属する研究室の指導教員である高岩先生は、木質構造・鉄筋コンクリート構造・鉄骨構造・煉瓦組積構造・免震制震構造・耐火構造・炭素繊維複合材料・生物模倣工学、その他幅広い分野の研究をされています。それは、建築だけでなく工学のエンジニアとして研究をされているからです。そのため、研究室の指導方法も建築学を内包する工学的な視点でおこなわれています。工学的な視点を身に付けるには、建築学の知識だけで思考するのでは不十分で、より深い根本となる理学の知識を学んでいく必要があります。建築学以外の分野においても、理学の応用として工学が研究されているため、ときには他分野でどのように理学が応用されているのかも勉強します。理学を理解すれば、工学への応用も理解できるようになり、研究テーマも一つに限定されることなく、一つの理学の知識から派生するように、想像もしていなかった別テーマの研究も着手できるようになります。そこが私の思う研究の面白いところです。
実験器具を加工する様子
Q. 学会発表に向けた取組み(準備・活動)を教えてください。
2023年6月に木造建築物に関する発表をおこなう国際会議World Conference on Timber Engineeringに参加しました。私の発表内容は「常時微動測定による既存木造建築の振動特性評価」に関するものです。常時微動測定とは木造建築物の耐震診断手法の一つで、国宝や重要文化財など文化的価値が高く、かつ一般住宅に比べて規模の大きい中規模建築物で多く使用せれています。一方ここ数年で国の登録有形文化財に認定された木造建築物の傾向として、住宅規模の建築物の登録が多くなっています。そこで従来の中規模建築物で実績の多い常時微動測定を住宅規模の建築物で活用する際の問題点・改善点を発表しました。日本の木造建築物はその文化的価値から海外でも関心が高く、国宝・重要文化財の認定をおこなう文化庁も、文化的価値を海外に発信することを活動目的の一つとしています。発表資料では、そうした文化庁の取り組み、実際に認定されている建築物の日本国内での現状を丁寧に説明し、住宅規模の建築物の耐震診断が求められていること、またその際の問題点を共有しました。
国際会議の発表の様子
Q. 学会での発表はいかがでしたか。
今回の国際会議は北欧ノルウェーのオスロで開催されました。ノルウェーは石油産出国であり、国が安定した収益を得られることから消費税25%を筆頭に物価の高い国ですが、その分賃金も高く、社会保障も充実した国です。ノルウェーに到着し、まず驚いたのが公道を走る電気自動車の数の多さでした。街中には電気自動車の充電ステーションが多く見受けられ、国や国民の環境問題への意識の高さを感じました。そのような意識の違いを感じながら国際会議に参加すると、やはり木造建築物に関する発表の中でもCO2の排出量に関するデータを多く拝見しました。地震がめったに発生しない国における現代の関心事を現地の建築物や現代の生活様式から肌で感じることができ、今後の思考の幅を広げるとても貴重な機会となりました。
集合写真(左:M1 瀧澤さん 中央:本人 右:高岩先生)
Q. 今後の目標をお聞かせください。
私は小学生の頃から林業に関心を抱いていました。中学生になると、里山問題・林業従事者の高齢化・木材価格の低下・放置された人工林・人工林の土砂崩れなど、多くの問題を抱えていることを知りました。しかし林業にこのまま従事しても環境は変えられないと考え、木材を多く使用する職業である木造建築物に関心を持ち、東洋大学の建築学科に入学しました。学部の授業で建築学という分野の大枠を学び、研究活動では木材の性質、建築物の構造、建築学、工学と深いところから広く全体を見渡した学びをしてきました。将来は研究活動で身に着けた思考力を用いて、産業の一つとして、従事者が補助金に頼らず自らで価値を生み出せる仕組みを作りたいと考えています。また、一人で課題に取り組むのではなく、他分野の専門家とともに多角的な視点で、既存の林業の問題点・改善点を模索していきたいと考えています。
Q.大学院進学を検討している人にアドバイスをお願いします。
大学院では研究をするだけでなく、物事の考え方・捉え方・取り組み方など、多くの事を先生方から学ぶことができます。また、より専門的で、実務で抱える最先端の課題に取り組むことができます。学部の卒業研究で自身の成長を感じられた学生には特に大学院進学をお勧めします。学部卒で就職をする人とは社会経験で2年の差がつきますが、大学院生という立場だからこそ、社会人にはできない活動や経験を2年間積むことができます。修士の肩書きではなく、自身が2年間で成長する姿を想像して検討してみてください。
内容は取材時(2023年時点)のものです。
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