Q.教員としてご自身の専門分野を踏まえ、「研究者として研究」することの意味とは?
自らの「問い」と向き合い、「探究」し続ける公共的な営み
研究とは「問い」をたて、その答えを探し続ける終わりのない旅だと思っています。「“不登校”や“いじめ”に関心がある」という時の“不登校”や“いじめ”は「研究関心領域」であって「問い」ではありません。「問い」とは、自分の研究関心領域の中でのより絞り込んだクエスチョンです。「いじめ加害経験者は、なぜいじめを止めたのだろうか?」「不登校という経験は、成人した当事者にとってどのような経験として意味づけられているのだろうか?」———こうしたクエスチョンが領域への研究的アプローチの切り口になります。よい「問い」をたてることは、研究の大切な出発点です。そして、「問い」への探究が自分だけに閉じた自己満足で終わっては、それは研究とは言えません。探究の成果を発表し、その成果が理論的発展や実践上のヒントをもたらす等、社会に対して何らかの貢献ができるということも研究の大切な側面です。研究とは、公共性を備えた社会的な営みでもあると思っています。
Q.教員としてご自身が、研究者になった経緯をご紹介ください。
病と闘う子供との出会いから研究の道へ
私が研究という志をたてたのは、30歳を過ぎてからです。大学を卒業した時には研究者になるなど爪のアカほども思っておりませんでしたので、本当に人生ってわからないものです。転機は、癌で大学病院に入院する実父の看病のために病院に通う中での一人の小さな入院患者さんとの出会いでした。そのお子さんは、私を含めてすれ違う大人たちに可愛らしい笑顔を振りまいていました。愛らしい笑顔に私も微笑みを返しましたが、同時に、私には、その笑顔が、病院という厳しい治療の場でなんとかやっていくためのその子の必死の適応行動のようにも思えたのです。「あんなに小さいのにつらい経験に耐えなくてはならない」という現実に胸が痛み、そして、「あの子には、学びや遊びという子供らしい時間はあるのだろうか? 学びの機会がないと退院した後困るのでは?」という疑問が湧き上がってきました。当時調べた限りでは入院中の子供たちに焦点を当てた本も研究論文も見当たらず、しっかりした理論的・実践的根拠が確立していない領域のように思えました。ボランティアという形で子供たちの支援に直接かかわることも考えましたが、私ならではの本領域へのかかわり方として、「研究」という形を選び、研究者としてこの領域へ貢献したいという強い思いを抱き、再び大学に戻りました。大学卒業後9年間のブランクを経てのことです。以来、学問という探究の旅を続けています。
Q.教員としてご自身のご専門分野について、現在までにどんなテーマを研究されているのかご紹介ください。
「教師だからこそできる入院児支援」をテーマとした院内学級におけるフィールド研究
私は、院内学級におけるフィールド研究を主とする研究活動を行っています。入院中の子供たちに対して、医療者ではない、教師だからこそできる支援があるという信念のもと、よりよい支援の在り方について、院内学級の先生方と協働的な研究を展開しています。研究方法としては、現場の在り様を探索する参与観察やインタビューという質的研究法を中心としつつ、仮説検証的な質問紙研究法も採用しています。これまで、入院児が抱く不安の内容として、将来への不安・病院生活不適応感・治療への恐怖・取り残される焦り・抑うつ気分の5つがあることや、院内学級における教育実践が、単なる教育の枠を超えて、入院児の支援ネットワークを形成するという隠れた意味をもつこと等を見出してきました。現在は、病弱児のキャリア発達支援研究に取り組んでいます。病とともに生きる子供たちが将来を切り開く一助になる研究となるよう、日々の研究を積み重ねています。
Q.研究者として、つらかったことや、嬉しかったことは?
厳しい道程の中でのさまざまな出会いに支えられて
「大学院生活って、ラクじゃないわ…。」——— 9年ぶりに学びの場に戻った当初の私の実感でした。大学院は学部とは学びの量も質も違います。英語文献を含めて、毎週山のように出される文献購読やPC実習の宿題をこなすために、隙間時間を有効活用し、睡眠時間を削る日々でした。しかも、当時は娘が保育園児でしたので、授業終了と同時に教室を飛び出し、お迎えに間に合うよう駅まで走ったことも一度や二度ではありませんでした。それでも研究をやめなかったのは、そうした苦労に勝る喜びがあったからだと思っています。大学院の先生方や仲間たちとの出会い、また、さまざまな本や理論と出会いがあり、学びが開く新しい世界を実感することは忙しい毎日を輝かせてくれました。また、研究活動を通して得た特別支援学校現場の先生方との出会いは、研究者としてだけではなく、一人の人間として深いご示唆をいただいた貴重なものでした。こうした出会いに私の研究活動は今も支えられています。
Q.大学院で学ぶことの魅力とは?
指導教員や仲間との語り合いの中で身につける研究力
研究領域の理論と研究技法は、大学院で学ぶべきことの2本の柱です。2本の柱を自分の中に打ち立てるべく日々取り組んだ大学院での学びは研究の基礎を作ってくれました。同時に、指導教員や研究仲間との語り合いも、有形無形の多くの学びをもたらしてくれました。語り合いは、自分とは異なる視点と出会う機会であり、研究に関する自分では気づけなかった新たな側面を教えてくれます。この語り合いは、学生人数が少なく濃い関係性の中で展開する大学院ならではの学びの魅力であると思います。「よりよい研究」という大きな目的に向かいながら、教員も学生も同じ地平に立って互いに切磋琢磨し合い、厳しい指摘を含めて議論をかわす経験は、研究力を鍛える貴重なプロセスであると思います。
Q.大学院で学びを考えている受験生にメッセージを一言。
大学院に戻るという選択をしてよかったと心から思っています
私は大学卒業後9年のブランクを経て、再び学び舎の門をたたきました。今、振り返って思うことは、あの時迷いを振り切って大学院に戻るという選択をしてよかったということです。確かに、社会人学生には特有の大変さもありますが、理論を机上のものだけでなく、自らの社会経験と関連づけてその意味を考えることができるという、社会人学生ならではの強みもあると考えています。今も私の大学院ゼミには、学部からストレートで進学した若手大学院生に混ざって社会人大学院生さんも複数名いらっしゃいますが、彼らの人生経験に裏打ちされた発言から、若手大学院生も、そして教員である私自身も多くのことを学んでいます。
東洋大学文学研究科教育学専攻は、大学院生の学びを丁寧にサポートしています。お仕事やアルバイト等、大学院生の生活上のご都合に配慮して時間割を変更することもあります。大学院での学びをお考えの皆さま、是非、教育学専攻の門をたたいてみてください。新しい学びの世界との出会いが皆様を待っています。
プロフィール
氏名:谷口 明子(たにぐち あきこ)
経歴:
現在、東洋大学大学院文学研究科教育学専攻 教授 博士(教育学)
東京大学文学部社会心理学科卒業、東京大学大学院教育学研究科総合教育科学専攻(教育心理学コース)修了
2013年より、東洋大学文学部
専門:教育心理学、特別支援教育(病弱)
著書:
『入院児の心理と教育的援助-院内学級のフィールドワーク』(東京大学出版会、2009年)、『育ちを支える教育心理学』(学文社、2017年)など
http://ris.toyo.ac.jp/profile/ja.fc3f8543919c900c1b507f949c6d4f06.html
掲載されている内容は2017年6月現在のものです。
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