研究の苦しさと醍醐味を味わう

TOYO PERSON
Q.教員としてご自身の専門分野を踏まえ、「研究者として研究」することの意味とは?

歴史学を研究するということは?

過ぎ去った時代の人間社会は、今まさに我々が生きている現在の世界とは異なり、残された史料を通じて、その総体に近づいていくことが可能です。さまざまな問題をかかえながら現在を生きている私たちが、現在とは異なる時代の人間社会の諸相をえがくことで、よりよい将来の展望を試みることが歴史学に課された使命といえます。そして実際に、いろいろな方面から、その課題に取り組んでいるのが歴史の研究者たちです。現在という視点から過去を捉え直すというこのような作業をすすめるには、当然のことですが、発想の原点として私たちをとりまく人間社会の現状がきわめて重要になります。また、過去の人たちが書き残した史料は、歴史的なアプローチをすすめる主要な材料となります。史料を探し、突き合わせ、厳密な検討を加えて多様な情報を引き出すという根気のいる技術的な作業も、いうまでもなく、歴史研究の重要な一環となっています。

Q.教員としてご自身が、研究者になった経緯をご紹介ください。

研究の道を選ぶきっかけは、史料調査や卒論の実践でした

大学に入学するための準備をはじめたころは理系の分野に興味がありましたが、途中で文系に転じました。歴史を学ぶことが、おもしろくなったからです。大学に入学すると、研究の道にすすむのは大変だということがわかりました。しかし、学部で専門の勉強がはじまり、また卒業論文のテーマが決まって本格的に取り組むようになると、研究を続けていければと考えるようになりました。テーマは近代日本の農業や農村社会に関わる問題で、社会の基盤となるような領域であり、農村の史料調査などにもすすんで参加しました。泊まり込みで数日続く調査に参加し、研究者の方々や大学院生たちから多くを教わることで研究のおもしろさを再認識し、研究を志す気持が強まったと思います。

Q.教員としてご自身のご専門分野について、現在までにどんなテーマを研究されているのかご紹介ください。

日本の近現代史、社会経済の歴史

私自身が研究している分野には、中高の教科書などに書かれている有名な事件や人物は、ほとんど出てきません。近代日本の農村社会や農業について、産地から消費地にいたる農産物の流通や取引について、米や麦など基本的な生活物資の消費について、また地域の伝統的な諸産業などについて、研究に取り組んでいます。19世紀末から20世紀はじめの日本では工業化が急速にすすみますが、他方で農業も大きな発展をとげます。しかし20世紀に入るころからは、米や小麦の消費が大幅に拡大して不足するようになり輸入への依存がはじまります。このため旧植民地や東南アジアからの米輸入、北米・オーストラリアなどからの小麦輸入などの貿易が重要になります。これらに関する史料の所在は、日本語のものも含めて、日本だけでなく世界中に広がっています。また、地域に根づいた在来の諸産業についても、各地の史料の調査・整理なども含めて研究しています。現在取り組んでいる栃木県の酒造家の史料は、18世紀半ばにはじまる酒造りを伝えるもので、学生や大学院生たちと一緒に史料整理をすすめています。

Q.研究者として、つらかったことや、嬉しかったこと?

大学院生だったころの思い出

当時は、すべての授業が報告・討論を中心としており、その準備が大変でした(大学院では、現在も、多くの授業はそうでしょう)。さらに前期課程では、2年という短い期間に修士論文を仕上げなければならないので、時間に追われ、あわただしい日々の連続でした。これは今でも鮮明に記憶しています。大学院では授業時間も際限がなく、一つの授業が午後1時ころからはじまって6時ころまで続きました(今では、このような授業をするのはむずかしいでしょう)。ただし、授業後は先生を囲んで、飲んだり食べたりの懇談会となることが多く、先生や先輩・後輩たちとの楽しいひとときとなりました。

Q.大学院で学ぶことの魅力とは?

研究の苦しさと醍醐味を味わう

大学院では研究に本格的に取り組むことになります。学部時代に学んだことはベースになりますが、大学院では修士論文や博士論文の完成を目標として、研究成果のオリジナリティがきびしく問われることになります。研究の手続きや手法を学び、研究課題を広げ、そして絞り、史料を調査し、論文としてまとめる作業です。おもしろい、好きである、とはいえ、すぐに期待通りの成果が出てくるものではなく、不安になったり、あせったり、なかなか苦しいものです。自身のことですが、課題を解く糸口さえ見当たらず茫然とし、また少しは解ってきたけれども今ひとつ決め手に欠けるなど、出口が見つからないことがしばしばありました。このようなときに、延々と続く史料を読んだり、膨大なデータを根気よく処理したりしていると、「ああなるほど」、「あっ、そうか」と、良い考えがふと浮かび、解決の方向が見えてくることがあります。これが、研究の醍醐味だと思います。この一瞬にたどり着くために、がんばって作業を続けるのではないでしょうか?

Q.大学院で学びを考えている受験生にメッセージを一言。

大切なのは将来の設計

取り組むべき課題がなければ、大学院に進学する意味はあまりないでしょう。進学を決める前には、学部での勉学などを通じて、それまで培ってきた問題意識をもとにして、大学院で何を学ぶのかが明瞭になっていなければなりません。近年は、研究者になるという道だけでなく、大学院修了後の進路も多様化しつつあります。例えば、教職の場合、修士の学位をもつ先生がふえています。研究能力をみがき、研究課題に取り組んで一定水準の修士論文が書けるようになれば、中学生や高校生にも、適切な教材によりわかりやすい授業ができるようになるでしょう。また博物館の運営にあたる学芸員も、多くは大学院で研究し、修士や博士の学位を持った方々です。公務員や民間企業への道も、少しずつではありますが広がっています。将来のことをよく考えて、進学の道を選択しましょう。

プロフィール

氏名:大豆生田 稔(おおまめうだ みのる)
経歴:
現在、東洋大学大学院文学研究科史学専攻 教授
1978年 東京大学文学部卒業/同大学院人文科学研究科入学(修士課程~博士課程)
1984年 同大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学/1993年 博士(文学)
1990年より、東洋大学文学部
専門:近代日本の社会経済史
著書:
『お米と食の近代史』(吉川弘文館、2007年)、
『防長米改良と米穀検査』(日本経済評論社、2016年)、
『近江商人の酒造経営と北関東の地域社会』(岩田書院、2016年、編著)など

掲載されている内容は2016年5月現在のものです。