Q.大学院で学ぶことを目指した動機、経緯等を教えてください。
子供の時から歴史が好きだったこともあり、学部3年次に西洋法制史・法思想史の専門演習に参加し、古代ローマ法史を紹介する概説書を読み始めた。普段、趣味で読んでいだ歴史書や人物伝記と異なって、豊かな情報を簡明な文体と緻密な論理で組み立てたその学術書に深い感銘を受けて、こんな本を書けるような人間になりたいという漠然とした思いが芽生えた。それから、留学生として来日し、学部の後期になってやっと言葉の壁を乗り越えられるようになったころからは、もっと勉強の楽しみを味わいたい気持ちも生まれていたように思える。いずれにせよ、4年生になると周りの同級生たちが就職活動をしたりロースクール進学の準備をしたりしてそれぞれ動き出していくなか、私はそれに同調することなく、自分にとっては自然の流れで大学院(法学研究科)に進むこととなった。。
Q.大学院生時代の楽しかった思い出を一つ教えてください。
視野を広めるのも研究活動の一環だと考えて、大学院生時代に、資料収集や施設の見学、現地の研究者と交流のために、あるいはときには単に旅行のために、よく海外に出かけていた。その中で最も印象深かったのは、博士課程の研究対象だったアルベリコ・ジェンティーリ(Alberico Gentili, 1552-1608)のふるさとサン・ジネージオ村を目指す旅だった。ジェンティーリの母校ペルージャから出発し、地図だけを頼りに(そのころGoogleマップはなかった)ローカル電車とバス、そしてタクシーを利用して向かうつもりだったが、イタリア語ができない私は、現地のとても親切な乗客、駅員、警察官、店員等の身振り手振りによる熱心な(熱心過ぎる)案内の結果、右往左往してついに迷子になってしまった。春先のイタリア中部の山地で突然降り出した雹に打たれたり、深夜の真っ暗な山道でさまよったりして、結局はサン・ジネーシオの村には辿り着けなかった。本来の目的こそ達成しなかったが、旅先の綺麗な景色や地元の美術館にさりげなく置かれているルネサンス巨匠の作品、古い騎士の館から改造されたホテル、現地の人々とのふれあい等を満喫できたことは、やはりとても楽しかった思い出として残っている。
Q.大学院で学んだということが、先生の人生に与えている良い影響を一つ教えてください。
勉強が好きで得意であると思い大学院に入ったが、実際に研究をしてみるとそれがただの勘違いであったことが分かった。学部まで勉強は頑張れば必ず試験での高い成績などにより報われるが、大学院での研究は、必ずしもそのような明確な結果を伴うとは限らない。同じような焦りや苦悩は、大学院に進学せずとも社会人として人生を歩むなかのどこかで味わうことになるのかもしれないが、私は、大学院でそれを経験したことにより、より平穏な環境で自分に向き合って、自身の特徴(何を得意とするのか)と意向(何がしたいのか)を見極めることができた。大学院で過ごした時間が、私の性格を穏やかにしてくれたと言える。難解な資料の読解に長い時間を掛けたり、締め切りが迫っているプレッシャーの中で一生懸命論文をまとめたり、天才たちに囲まれていても自分のやることを続けたり、自ら定めた目標に向かって努力し完成度を自己評価したりした経験は、すべて大学院での日常ではあるが、同時に孟子やリプシウスのいう「恒心」を養う修行でもあったと思う。
Q.学位論文のテーマと現在の研究テーマとの間に関係があれば、教えてください。
私は、大学院時代には西洋における正戦論(正しい戦争・暴力行使をめぐる理論)の歴史的発展に焦点を絞り、博士後期課程においては近世イングランドで活躍したイタリア出身のローマ法学者アルベリコ・ジェンティーリの国際法論をめぐって研究をした。それ以来は、国際法と戦争法の理論と制度の歴史に常に研究的関心を抱いており、担当授業の中でも研究成果の一部を講義の内容としている。他方で、東アジアにおける近代国際法の受容と、東アジア諸国の近代国際社会への参入(巻き込まれ)、および、その過程において生じた東西思想の衝突と融合も、私にとっては、重要でかつ興味深い考察対象である。従って、現在の研究テーマは、以前大学院時代に行った学位論文のための研究を基礎に、それを時代的・空間的に広めたものだと言えよう。
Q.大学院で学ぶことを考えている受験生にエールをお願いします。
大学院で研究を行うためのウォーミングアップとして、まず学部の卒業論文をしっかりと書きましょう。
プロフィール
氏名: 周 圓(しゅう えん)
経歴: 中国遼寧省瀋陽市生まれ、2000年高卒後来日。
2005年一橋大学法学部卒、2012年同大学院法学研究科博士後期課程修了、博士(法学)。
2015年東洋大学法学部講師、2018年同准教授。
専門: 西洋法制史・法思想史
著書・論文等:
伊東貴之編『東アジアの王権と秩序―思想・宗教・儀礼を中心として』、汲古書院、2021年(共著)
王雲海等編著『よくわかる中国法』、ミネルヴァ書房、2021年(共著)
『近世ヨーロッパにおける「内戦」観念の復活』、『東洋法学』63巻3号、2020
http://ris.toyo.ac.jp/profile/ja.b42b1202901538ecedc165164e4b634b.html
掲載されている内容は2022年5月現在のものです
MORE INFO. 関連情報