大学院での2年間は「自分を見つめなおし、新たな方向性を模索するためのモラトリアム」

TOYO PERSON
Q.中小企業診断士資格を大学院で取得することの意味は何ですか?

まず、単に資格が取得できるというだけでなく、手厚い演習指導や5回の経営診断実習を通じて、コンサルティングに必要なスキルや論理的思考力、中小企業支援のマインドが身につく…というのが、登録養成課程に共通する特徴でしょう。
次に「ではなぜ、大学院なのか?」という点は少し説明が必要になると思います。
コンサルティングという仕事を「分析や思考をして、戦略代替案や問題解決策を示すこと」と思っている人がいますが、それは表面的な理解です。実際にもっと大切なのは、提案の根拠や効果を示して納得してもらいながら、提案に取り組んでもらうように説得すること、つまり、「経営者や従業員の方々の行動変容を促す」ということです。そのためには、ロジカルな説明力も必要ですし、コンサルタントとしての信頼感も重要です。クライアント企業により良くなってもらいたい、という熱意も求められるでしょう。
よく言う「ロゴス・エトス・パトス」のバランスですが、これらを同期的に、2年という短期間で獲得できるのが、大学院の登録養成課程であると考えています。大学院で学ぶからこそ、業種や業務に特化した経験や知識だけでなく、世の中の流れに関する幅広い知見、物事を深く見る洞察力、先人の知恵から生まれたフレームワークの活用などを身につけることができます。
そう断言できるのは、大学・大学院というのがリソースの宝庫だからです。たとえば、物的リソースという意味では、東洋大学では都内屈指と言われる図書館を併設していますし、学生だけが使えるデータベースも充実しています。現代的なデザインの最新校舎で専用教室が確保され、いつでも情報機器を使うことができます。また、本コースでは著名な市場調査会社と契約して付加価値の高い業界レポートをネット閲覧できるようにしています。人的リソースという意味では、戦略、HRM、流通、中小企業論などを専門とする教授陣がそろい、第一線で活躍する中堅コンサルタントが講師として加わって、演習や実習の指導を行います。
私自身、15年以上前に試験に合格して診断士の資格を取得しましたが、もしもそのときに本コースのような登録養成課程があったならば、きっと大学院に進む道を選んでいたと思います。

Q.中小企業診断士資格取得のため、東洋大学大学院ではどのようなカリキュラムの特徴がありますか?

「診断士(登録)養成課程のカリキュラムはどこも同じ…」と思われるかもしれませんが、機関によってそれぞれ特徴があると思います。東洋大学の場合、一言でいえば、「実践志向である」ということでしょうか。
たとえば、「店舗マネジメント」の演習では、最新の消費トレンドを体現しているライフスタイル型店舗やコンセプトの際立った小売業態などを視察し、気づきや課題などをグループ討議し、皆の前でプレゼンテーションします。また、他の養成課程にはない「製造業現場体験」という演習では、実際に工場の現場にうかがい、視察するだけでなく、治具やマシンの操作を行って“ものづくり”を体験していただきます。
こうした演習テーマが象徴しているのは、「経営診断実習にスムーズに入れるように」という運営側の意図です。演習や修士論文のゼミで学んだこと、調べたこと、考えたことなどを企業経営に活かす場が、実企業における経営診断実習です。演習についても、カリキュラム表に並んでいる科目名・テーマ名だけを見ていてはわかりませんが、「理論をしっかり学ぶ」ための大学教授による演習講義もあれば、「企業診断の考え方やスキルを学ぶ」ためのコンサルタントによるケース演習講義もあります。他にも、2年次修了直前には「中小企業の国際化」「中小企業支援施策」「コーディネーション」などのオリジナル科目を設定し、実務的な知見を深めてもらえるように配慮しています。
また、直接的にカリキュラムに編入されているわけではありませんが、国の予算をいただく研究活動組織である「経営力創成研究センター」とタイアップして、年に3回シンポジウムを開催しています。日本よりもむしろパリやミラノで知られるブランドを有する繊維メーカー、クラフトビール・ブームのリーディング企業である醸造会社、ユニークなマネジメントスタイルで「日本でいちばん大切にしたい会社」に選ばれたお店、国の中小企業施策のモデルケースとなっている自治体の支援機関など、経営者や中小企業支援者から話をうかがう機会を作っています。

Q.木下教授のプロフィールをご紹介ください。

私は、1960年の2月14日、そう、バレンタインデーに生まれました。しかし、それで得をしたという覚えはまったくありません。むしろそのせいで、誕生日のお祝いを市販のチョコレートですまされたり、学校で期待しているのに何ももらえないと人一倍、寂しい思いをしたりと…
出生地は東京の荻窪ですが、生まれてすぐに父の転勤があって、小学校卒業までは神戸や芦屋という関西に住んでいました。子供の頃、日曜日のお昼に欠かさずテレビで見ていた吉本新喜劇のおかげで、話の勘所やジョークのセンスがつかめたと思っています。これは冗談ではなく、アメリカ人やドイツ人、イギリス人などといっしょに仕事をする際には“Oh! You like Sushi. You use chopsticks very well!”(お寿司が好きなのですね。おはしの使い方が上手ですね。)などという会話ができたところで、ビジネスに必要な信頼関係などはできません。気の利いたジョークのひとつも言えて、ウイットに富んだ話ができてこそ、初めて対等なオトナとして扱ってもらえる…という厳しい世界です。
この調子で自分のプロフィールを語っていると、とても紙面に収まりきらないので間は飛ばしますが(続きを訊きたい方は、どうぞ受験して、入学してください)、中小企業診断士の資格を取得してそのままコンサルタントとして独立したのは40歳のときです。それ以来、企業規模の大小や業種を問わず、さまざまな課題のコンサルティングに携わってきました。そして、企業の設備投資サイクルが原因とされる景気のジュグラー循環と同じように、10年~11年ごとに(私の人生にも)大きな波動がくるせいか、50歳のときに本大学院にお世話になるご縁を得ました。この間に、箱根駅伝での活躍や、大学院専用棟である8号館の完成、スーパーグローバル大学の認定など、東洋大学も大きく動いているという感じを受けます。

Q.大学院で学生を指導して(または人生の中で)、つらかったことや、嬉しかったこと?

大学院で学生(とは言っても、皆オトナですが…)といっしょにいて、つらいと思ったことは一度もありませんね。“つらかったこと”…う~ん、コンサルティングの実務ではときどきありますよ。先輩のコンサルタントと2人で企業の組織変革をお手伝いしているとき、その会社でナンバー2の専務から「あんたたちが来てからこの会社はダメになった」と役員会の場で罵倒されたことがあります。また、ある有名企業のシニアクラスの研修で「こんなゲーム理論なんて、勉強して何の役に立つのか説明してみろ!」と怒鳴られたりもしました。でも、こういった“失敗談”こそ、コンサルタントとして貴重な話のネタになるので、ポジティブに受け止めています。
一方、「嬉しい」と少しニュアンスがちがうかもしれませんが、「楽しい」ことはたくさんあります。そもそも、コンサルタントという仕事自体、こんなに楽しい仕事が世の中にあってもいいものか…と思うくらい、楽しいです。だって、今の仕事で調べたことや提案したことが将来の仕事でも必ず活きる、必ず。ここでなんとかひねりだしたツールが、次のコンサルティング案件では自分のものになっている。…こんな仕事は世の中にそうそうない、と思っています。
それから、大学院で30余名のオトナの方々といっしょにいるのも楽しくてしかたないですね。20歳の時から10年間、勉強が必ずしも好きではない子どもたちを学習塾で教えて苦労したので、「自分から勉強がしたい」という気持ちで集まっている人たちと同じ時間・空間を共有できることは、幸せこの上ないです。こちらが楽しんで教えているので、きっと院生の皆さんも楽しく、でも真剣に学んでいると思います(実のところはわかりませんがね…)。
プライベートで最近嬉しかったことは、災害救助犬の国際団体の活動をお手伝いできたことでしょうか。昨年(2015年)9月にデンマークで行われたIRO(International Rescue dog Organization)の競技会では、日本から参加した訓練士の方に同行して通訳をし、シェパード犬のリヒト君が世界第2位で表彰台に上るのにちょっと貢献しました(もちろん、本人いや本犬の実力。それから、通訳したのは犬語ではなく、訓練士と審査員の間で日本語とドイツ語または英語)。また、今年(2016年)5月には、スイスの災害救助犬団体(REDOG)の国際訓練週間に呼ばれ、日本から参加したハンドラーと各国の訓練者との橋渡しをし、日本の救助犬のレベルアップと国際的な交流に少し貢献してきました。完璧なバイリンガルよりも、私のような中途半端なトライリンガルの方が役に立つ場面もあるのだな…と嬉しくなりました。ほんとうは、関西弁も話せるので、トライリンガルではなくクワドリンガルなのですが…。  

Q.大学院で学ぶことの魅力とは?

大学院での2年間を「自分を見つめなおし、新たな方向性を模索するためのモラトリアム」と表現すると、カッコ良すぎるでしょうか。
そもそも、社会人として仕事や生活のパターンも決まってきて、そんなときに(ほぼ週末だけですが)、まったく異空間である大学院で学ぶという経験は、誰でもできるというわけではない、ある意味、時間の使い方としては最高の贅沢です。「モラトリアム」という言葉は、オトナになり切れない大人…といったネガティブな意味で使われることが多いですが、自分を客観的に見たり、仕事上で利害関係のない人たちと交流したり、失敗を恐れずに意見を述べたり…という機会が、30代~40代くらいには必要ではないでしょうか。だって、健康であれば多くの人が80年以上生きる、成熟した社会です。単純に考えて、40歳はちょうど折り返し点付近ですから、給水や栄養ドリンクの摂取で筋肉や脳をもう一度活性化することが絶対に必要でしょう。
私的な話で恐縮ですが、私の場合は30歳で壁崩壊直後のベルリンにわたり、日本から見ればそれこそ地の果てみたいなところで(住んでいる人には申し訳ありませんが、当時は本当にそんな感じでした…)30代前半を過ごしました。日本ではちょうど、根拠なく多くの人が能天気に浮かれていたバブルの崩壊直後で、私自身は煮詰まったような閉塞感を抱えていましたが、東西冷戦の終結でその境界にあったベルリンでは、人の流れ、政治の流れ、歴史の流れを肌で感じ、何か憑き物が落ちたように、たいていのことでは驚かなくなりました。
話がそれてしまいました。すみません。「大学院で学ぶことの魅力」でしたね。
まず、実は2年を待たずして、講義が始まってすぐから、ふだんの仕事で役立つような気づきがたくさんあり、ビジネス上のスキルアップにつながります。自分の思考の柔軟性のなさや考える範囲の狭さにも気づくでしょう。“平日の仕事と週末の勉強とのシナジー効果”とでもいえるでしょうか、土日に勉強した考え方や獲得したスキルが月曜日から即仕事に使える、使って応用した経験や知恵が土日の勉強に生きる…という好循環の連鎖が生れます。
また、講義を担当する教授やコンサルタントから知的な刺激を受けるだけでなく、同級生や上級生から学ぶことの多さも計り知れません。本大学院の場合、2年間のコースなので1年生と2年生、その延長で卒業生との先輩・後輩関係が生まれます。同じ企業に勤めていて、会社では先輩の人が1年後輩にいる…なんていうおもしろい現象も実際にあります。年に1回は在学生と卒業生の交流会があり、他にもシンポジウムの場など顔を合わせる機会が多く持たれています。中には、個別に仕事上の情報交換やネットワークの開拓などをしているケースもあります。
私たちのスタンスは、決して「修了後はコンサルタントとして独立しましょう」ということを奨励しているわけではありません。本コースで学んだことを通じて、企業経営に役立てる、とくに中小企業の支援に携わることのできる人材を育成したいと考えています。しかし、ファクトとして、修了後にすぐコンサルタントとして独立する人、コンサルティング会社に転職する人、自らが経営者として起業する人、外資系企業や異業種に転職する人など、何人もいます。もちろん、研究が好きになって、博士課程に進む人もいます。
本コースのように、都心にあるメイン・キャンパスという「場」がそうさせるのかもしれません。大学院が提供する価値の多くは、見えない資産(intangible assets)によるものなので、入学してみないとなかなか理解できないことかもしれませんが…。

Q.大学院で学びを考えている受験生にメッセージを一言。

産業としての教育は、広い意味での“サービス業”にあたりますが、レストラン、宿泊、理美容などたいていのサービスにおいては、顧客側が役務の提供を一方的に受けるのがふつうです。このことは、高度に知識集約型である弁護士や医療などの専門サービスでも基本的に同じです。患者や相談者はソファや椅子に腰かけ、ときにはベッドに横たわって受動的にサービスを享受するもので、その効果・効用を左右する要因があるとすれば、「誰からサービス提供を受けるか」という点だけでしょう。
しかし、教育というサービスは、顧客である皆さん自身のコミットメント次第で、その効果が何倍にもなります。同じ空間と時間を共有して、同じ講師から習っても、受け止め方や積極性、その後の応用次第で、学んだことの価値をいくらでも増幅させることができます。
また、顧客(学生)同士のやりとりや刺激を通じて、ポジティブなネットワークの外部性がはたらく、という点も教育のユニークな点です。さらに、その効果がずっと長く、ことによったら一生継続するのも教育サービスの特徴でしょう。
『天は自ら助くる者を助く』(Heaven helps those who help themselves.)はちょっと大げさかもしれませんが、2年間という時間を活かすのは、結局は皆さん自身です。そして、「他のクラスメートに何が貢献できるだろうか?」「実習を受け容れてくださる企業に何が貢献できるだろうか?」ということも意識しながら、基本的には楽しんで勉強してもらいたいと思います。

プロフィール

木下 潔特任教授
  • 氏名:木下 潔(きのした きよし)    
  • 身分:特任教授
  • 専門:「コンサルティング論」のプロフェッショナル。1999年中小企業診断士資格取得後、多数の経営コンサルティング実務に携わる。担当する講義テーマは「コンサルタントの思考法」「コンサルティングプロセス」「経営戦略・戦略計画策定実習」など。