「持たない」
 智恵を働かせ
 心豊かに暮らす

小笠原洋子
美術エッセイスト
Profile
文学部国文学科 1973年卒業

京都で日本画、現代陶芸を扱う画廊に勤務。東京に転居し、弥生美術館、竹久夢二美術館にて学芸員、および成蹊大学非常勤講師を務める。退職後、フリー・キュレーター、美術エッセイストとして、新聞や雑誌への寄稿などで活躍中。
『ザ・フナイ』(船井本社)9月号(vol.191)(8月3日頃発売)にて、横尾忠則氏と対談。

小笠原さんの暮らしのポイント

  • 01 節約への工夫を面白く楽しむ
  • 02 買わない意志で買い物に行く
  • 03 他人と比較せず自分らしさを守る

中世の草庵暮らしに憧れて

私は小学校の低学年でキリスト教に触れ、その後様々な宗教に関心をもってきました。高校生になってからは仏教に傾倒し、中世隠遁者の人生観や草庵生活を理想としてきました。『方丈記』の鴨長明が暮らした方丈庵の図面も書き写したりして、そういう簡素な生活空間で精神性豊かな日々を送ることに憧れ続けてきたのです。東洋大学の文学部国文学科に入学してからは、『徒然草』の「出家論」について書きたいと思い、在学の4年間は『徒然草』の出家と向き合っていました。また小さい頃から節約が好きで、次第に少ないものだけで暮らしたいとも考えてきました。

そうした想いは、京都の画廊や東京の美術館で働いていた間も変わることはありませんでした。生活費は1日1000円、無駄なものは買わないと決め、買い物に行きます。けれど自分への投資のお金は別に置いておき、京都では一人でお茶屋にも行ったりしたものです。都内の美術館勤務の間は聴講生として東洋大学で学び、学芸員資格を取りました。

冒険好きでもあって、49歳の時にC・D・フリードリヒというドイツ・ロマン派の画家に強く惹かれてからは、彼の足跡や絵の舞台を訪ねてドイツに9回行っています。山中の森に分け入ったり断崖の海に降りたり。この画家も簡素な暮らしをした人です。探究の結果は『フリードリヒへの旅』(角川学芸出版)という本にしました。

節約の先にある精神性

今も1日1000円が基本です。20歳の頃の服も工夫して着ています。料理は調味料をあまり使わず、素材そのものの味を楽しんでいます。焼くだけ茹でるだけなので時間も光熱費も節約できます。複雑なことをしなければ鍋や調理道具も最低限で済みます。

引っ越しはずいぶんしてきましたが、この3DKの団地には18年ほど住んでいます。駅からだいぶ離れていますが緑豊かな良い環境。都心の美術館やギャラリーに行く時、駅までバスを使わずに30分ほど歩くのも節約を兼ねたいい運動になるんです。

家具を買ったこともほとんどありません。引き出しだけの大型タンスは、転居の際、中に運び入れられず上段を廃棄した結果、チェストに変身しました。座面が抜けた籐のスツールは板を渡して食卓に。ソファは、木の台に座布団を並べ、着なくなったインドのスカートをほどいて掛けています。

ものを持たないことをみじめとは考えず、清涼感に変えましょう。人と比較せず「私はこうなんだ」と思い定めて暮らしてきました。ここが私の〝方丈〟。だから日々楽しいですよ。地球規模の環境危機に直面する今、最小限のものだけで懸命に生きた古代や中世の人々の精神性に学ぶところもまた大きいのではないかと思うのです。

写真:寝室の照明
ありあわせの笠を付けた寝室の照明は、仰向けになるとまぶしい。小さなセイロの蓋とガラスオーナメントを付けたら、きれいな光が漏れるように。
写真:お手製の食卓
壊れた籐のスツール2個に本棚を解体した板を渡して布を掛け、日々の食卓に。窓の外の緑を眺めながら食事を楽しむ。
写真:ものの少ないキッチン
ものを置かないキッチン。便利な調理道具も持たず、竹ザルなどの道具がわずかにあるのみだ。食品のプラ容器は、ボウルやタッパーとして代用。
写真:キッチンの布巾掛け
キッチンの布巾掛けのモトは、実家処分時に持ってきた木製のマガジンラック。使わないので解体して取っ手部分を活かした。
書影:おひとりさまのケチじょうず

『おひとりさまのケチじょうず』

小笠原さんが70歳を超えた時に、その先の人生も無駄なお金を使わず心豊かに、健康を守って暮らす術を綴った。

2019年、ビジネス社刊
書影:ケチじょうずは捨てじょうず

『ケチじょうずは捨てじょうず』

『おひとりさまのケチじょうず』の続編。ものを買わない生活の極意を、これまでの人生と、積み重ねた長年の智恵を通して伝える。

2020年、ビジネス社刊