About Toyo University 【特集】2022.12Professor's Scoop(INIAD 坂村健教授)

Professor's Scoop(INIAD 坂村健教授)

学問の領域は広く、深く、日々進化しています。本学の教育・研究を担う教員の目に、世界はどのように映るのか。このたび、世界的な賞の受賞が決定した情報連携学部坂村健学部長に受賞に際して評価された点について伺うとともに、情報連携学部のコンセプトとの共通点、これからの展開について伺いました。

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I N I A D(情報連携学部) 教授

坂村 健 さかむらけん

Profile

INIAD(情報連携学部)学部長。情報連携学部情報連携学科教授。博士(工学)。トロンフォーラム会長。IEEE Life Fellow / IEEE Golden Core Member。 YRP ユビキタス・ネットワーキング 研究所 所長。東京大学名誉教授。専門分野は電脳建築学、コンピュータ・サイエンス、コンピュータ・アーキテクチャ。2015年には国際電気通信連合(ITU)150周年賞を受賞。

世界に開かれたOS開発を手がけたことこれが評価された。

今回の受賞は私たちが開発したリアルタイムOSの、コンシューマーエレクトロニクスの分野での貢献に対して贈られたものです。私はもちろん、プロジェクト(TRONプロジェクト※ )のメンバーにとっても大変に名誉あるものだと感じております。TRONプロジェクトが提供してきたリアルタイムOSは、身の回りの空調機や冷蔵庫、デジカメなど、みなさんが家庭で使うような製品の電子回路に組み込まれている小さなコンピュータを制御するOSです。また、自動車のエンジン、工場の機械、ロケットや人工衛星などにも使用されています。例えばこういった製品や機械に何か異常があった際にどうするか。人間が介在せずにいま何が最優先かをすぐに判断し、リアルタイムで制御する必要が あります。TRONをベースとしたシステムは、こうした「優先順位に基づく処理を瞬時に行う仕組み」が必要な分野で幅広く利用され、世界シェア6割とも言われています。
今回の受賞に繋がる評価は、これらの開発を「オープンアーキテクチャ ※」として行ってきた点にあります。研究開発の成果、仕様を誰もが無料で利用できます。知的所有権を囲い込まないからこそ世界に普及させることができたというわけです。このプロジェクトは1984年から進めてきたものですが、今後もリアルタイムOSとその開発環境の拡充やサポートは継続していきます。

オープンとは 連携を生むもの。「連携」が次代の土台になる。

TRONプロジェクトを始めた当初の1980年代は「オープンアーキテクチャ」という概念は社会にはまだ 広く知られていませんでした。その後インターネットが普及したり、LinuxというオープンアーキテクチャのOS が有名になるなど、この概念は普及し、具体例も増えていきました。
オープンアーキテクチャによる開発では、世界中の人々が連携しやすくなり、多くの知恵が集まります。開発が加速するだけでなく、普及や応用の裾野も広がっていくというメリットがあります。組織や応用に縛られない、いわば公共財を拡充していくことは、今後私たちが DXやIoTのオープン化の実現を目指す際にも非常に重要な土台となります。
オープンだからこそ幅広い、多様な「連携」が可能になるわけです。私はずっとこの「連携」を重視してきました。これは、東洋大学に「情報学部」ではなく、「情報連携学部」としてINIADを設置したコンセプトそのものでもあります。
なぜ連携が大切なのでしょうか。現代は情報量が多く非常に複雑ですから、一人の力だけでは、課題の全容を把握することすら困難です。何かのプロジェクトを進めるにしても、みんなが協力してチームを組んで問題解決にあたらないと、もはや前に進めないわけです。

イノベーションを起こすには多様性 、セレンディピティが鍵。

今回の受賞を機に「連携」のお話をしてきましたが、INIADについても、もう少しお伝えしたいと思います。私たちは第1期の卒業生を輩出した今、次のステップに進もうとしています。INIADが目指すのは「イノベーションを起こし、新しい創造で社会に貢献する」ことです。その基盤にコンピュータサイエンスや連携があるわけですが、新しい力を生むためには、実は「連携」だけでは足りないと考えています。
イノベーションを起こすには成功理論はなく、たくさんチャレンジしてトライするしか道はありません。何度失敗しても、もう一 回やる。その時に重要な伴となるのが「多様性 」です。さまざまな人々が相互に関われば、生まれるものがあります。それが「セレンディピティ(偶然の幸運な出合い、偶然の産物)」です。チームで連携してトライするにしても、年齢や性別などいろいろな人がいた方がセレンディピティが生まれ、成功の確率 が高まることは統計的に証明されています。ですからINIADでは日本人と外国人は半分ずつ、男性と女性は半分ずつ、高校卒業生と社会人は半分ずつ、という多様性のある環境の創出を目指しています。
施設の充実も進み、INIADカリキュラムもver.2 に変革しようとしています。ぜひこれからもINIADにご注目ください。

※Reference

■IEEE:米国を中心とする世界最大の電子電気学会。標準規格化や専門的・教育的活動などのほか、さまざまな賞を設けて業界を牽引している。
■IEEE Masaru Ibuka Consumer Technology Award:SONYの創業者の一人、井深大博士にちなんで命名された賞。コンシューマー技術分野の卓越した貢献に対して贈られる。日本になじみの深い受賞者として近年ではAppleのスティーブ・ウォズニアックやLinuxのライナス・トーバルズなどがいる。
■TRONプロジェクト:1984年に発足した産学共同のコンピュータ・アーキテクチャの開発プロジェクト。坂村教授をプロジェクトリーダーとし、組込みシステム向けのリアルタイムOSとその開発環境整備からIoTネットワークまで、さまざまなコンピュータ分野の開発を進めている。
■オープンアーキテクチャ:設計・仕様の全部または一部をオープン(公開)にしたアーキテクチャ。TRONプロジェクトの成果物であるリアルタイムOSのソースコードは完全に公開されており、複製や改変、製品への利用も自由に行うことができる。いわば「公共財」として提供され、業界の発展に寄与している。