Professor’s Scoop 食環境科学部 フードデータサイエンス学科 教授 中島 亨
学問の領域は、広く深く日々変化しています。本学の教育・研究を担う教員の目に、世界はどのように映るのか? 2024年に新設されたフードデータサイエンス学科で、食品に関する社会課題を解決するための研究を行っている中島亨教授に、現在研究しているテーマや、フードデータサイエンスを学ぶ意義について伺いました。
博士(農学)。慶應義塾大学法学部政治学科卒、東京大学大学院農学生命科学研究科博士過程修了。東京大学大学院農学生命科学研究科助教、三重大学大学院生物資源学研究科准教授などを経たのちに2024年より現職。大学時代に国際問題や民族紛争に興味を持ったことをきっかけに、紛争には貧困や食料問題が関係していることを知り、大学院では農業経済学を専攻。現在は食品の消費者需要の研究に取り組んでいる。
Web体験授業で動画コンテンツを公開しています。
https://www.toyo.ac.jp/nyushi/column/video-lecture/20241106_03/私の専門分野は農業経済学と食料経済学で、現在は主に「食品の消費者需要」に関する研究を行っています。消費者需要の解明とは、単に消費者の好みを明らかにすることではありません。「どのような消費者が、どの食品に対して、いくらまでなら支払ってもよいと考えているのか」を調査や実験の中で導き出し、その分析結果をもとに、食品を取り巻くさまざまな課題の解決につなげることが、私の研究の目的です。
消費者が商品に対して「これくらいなら支払ってもよい」と考える最大金額を「支払意思額」と呼びます。これが明らかになると、食品メーカーは効率的な商品開発や販売戦略を立てることができ、生産者の収益向上にもつながります。さらに研究を発展させれば、将来の農作物の生産量や政府の食料政策、食料の輸出入のあり方についても提言できるようになります。消費者需要の研究は、国内市場にとどまらず、グローバルな視野で捉える必要がある分野なのです。
支払意思額を導き出す方法には、消費者へのアンケート調査や、食品のバーコードをもとにした購買データの分析などがありますが、私の研究室では主に「経済実験」という手法を用いて需要動向を調査しています。経済実験には、複数の選択肢から消費者がどれを選ぶのかを調べる「選択実験」、オークションでいくらで落札されるかを見る「オークション実験」、実際の店舗で消費者の購買行動を調査する「実店舗内購買実験」などがあります。
▲VR店舗内購買実験中の様子
近年は、仮想空間上にスーパーマーケットを再現し、VRゴーグルを装着した被験者の消費行動を分析する「VR店舗内購買実験」も注目されており、私が担当する授業やゼミでも積極的に活用しています。VRを使えば価格だけでなく、パッケージデザインや表示内容、陳列方法も柔軟に変更でき、実験を効率的に行うことができます。
VRや現地調査で得たデータの分析には、プログラミングや統計分析などのデータサイエンスを活用しています。こうした科学的手法が重視される背景には、あらゆる分野で「エビデンス(客観的な根拠)」が求められる時代になっていることがあります。
かつての農業経済学では、集められたデータを分析して課題解決へ導く際、経営者への聞き取り調査を行い、そこから得られた事実を積み上げていく手法が一般的でした。しかし現在は、実験結果などの証拠能力の高い「科学的根拠」を示さなければ、なかなか納得してもらえません。実際、科学的根拠が不十分な対策では良い結果を生まないのも事実です。
たとえば昨年、米が不足し、政府は備蓄米を大量に放出しました。放出時には5キロ2000円程度の価格が想定されていたようですが、必ずしも適正価格とは言えません。非常事態とはいえ、本来であれば古米や古古米ごとに「この食味や品質なら消費者はいくらまで支払うのか」という支払意思額を事前に調査し、科学的に価格を決める必要があったはずです。また、米不足をきっかけに「国内の作付け面積を増やし、余剰分を輸出すべきだ」という意見も聞かれますが、輸出においても、国ごとの需要量や価格水準を事前にデータサイエンスで分析しておかなければ、絵に描いた餅になってしまう可能性があります。
2024年、本学に「フードデータサイエンス学科」が新設されましたが、あらゆる分野でエビデンスが重視される今、社会科学と自然科学にまたがる研究は今後ますます重要になると考えています。消費者がどこまでの価格なら購入するのかを判断することは、年々難しくなっています。これまでは味や価格が主な基準でしたが、近年は健康に影響を及ぼす添加物の有無や、食品メーカーがSDGsに取り組んでいるかなど、こだわりをもって食品を選ぶ人も増えています。そうした消費動向を見極めるうえでも、科学的なエビデンスは欠かせません。
フードデータサイエンス学科の学生には、データサイエンスの分析スキルを身に付けてほしいのはもちろんですが、それ以上に、食の課題を自ら見つけ、解決しようとする情熱を大切にしてほしいと思っています。そのためには、パソコンの前だけでなく、食の現場に足を運ぶことも重要です。生産者や販売者、流通業者に直接話を聞き、そこから課題を見いだすことがすべての出発点です。社会全体に目を向け、多角的に食に向き合う学生が増えることを期待しています。