Professor’s Scoop 社会学部 メディアコミュニケーション学科 教授 海野 敏

Professor's Scoop
 学問の領域は、広く深く日々変化しています。本学の教育・研究を担う教員の目に、世界はどのように映るのか?人文社会科学、自然科学、両方にまたがる学際的な学問といわれる「情報学」を専門とする社会学部の海野敏教授に、情報やAIとの付き合い方や、これまで取り組んできた研究について伺いました。
海野 敏 教授
社会学部 メディアコミュニケーション学科
うみの びん 海野 敏 教授
Profile
教育学修士。東京大学教育学部卒業、同大学院教育学研究科博士課程満期退学。1995年より本学へ。現在、コンテンポラリーダンスの「三次元振付シミュレーションソフト」の研究開発を行うとともに、舞踊評論家としても活躍中。雑誌や公演パンフレットへの舞台評論・解説などの寄稿のほか、バレエに関する書籍も多数執筆。近著に「図書館情報学基礎」(東京大学出版会)「バレエの世界史 美を追求する舞踊の600年」(中公新書)、「バレエヴァリエーションPerfectブック」(新書館)など。
社会と世界の姿を「情報」というコンセプトを軸に考える
 私の専門は情報学です。情報学というとコンピュータを活用した理系の学問をイメージする方が多いかもしれませんが、実際には文系・理系の両方にまたがり、広い視野で社会を考える学問です。たとえばAIの普及によって社会は大きく変わろうとしています。このとき情報学は「AIそのもの」ではなく、「AI導入で社会にどんな変化が起こるのか」「より良い社会を目指すにはAIとどうつきあうか」、さらに「そもそも情報とは何か」に注目します。つまり社会の仕組みと世界のあり方を“情報”という視点で考えるのが情報学なのです。  情報学では、情報や知識を伝える仕組み=コミュニケーションメディアの理解が重要です。SNSや検索エンジンなどスケーラブルメディアの影響力が増す今、メディアと社会の双方向の関係を理解する意義はますます大きくなっています。
メディアとしての“身体”に注目し、ダンスの振付創作支援ソフトを開発
 映画、演劇、絵画、ゲームといったアートやエンタメ作品も、情報や知識を伝えるメディアといえます。そのなかで私が長年研究しているのがダンスです。私がダンスに興味をもったのは1989年、偶然見たバレエ公演がきっかけでした。それまで小劇場の芝居に夢中でしたが、バレエの舞台を生で見た瞬間、演劇では味わえない衝撃を受けました。言葉がないことで身体性が際立ち、極限まで磨かれた肉体が長年の歴史で培われた“均整美”を表現する姿に圧倒されました。
 実はデジタルネットワーク社会では、メディアとしての身体の意義が高まっています。メディアというと器具・機械を使うと思いがちですが、身体はもっとも原初的で重要なコミュニケーションメディアです。デジタルネットワーク社会ではさまざまなかたちで仮想現実感が増殖するので、身体のもつ直接的な力が強まります。例えば、対面しての会話、ライブコンサート、劇場で鑑賞する演劇やダンスには、いま・ここでしか伝わらない力があります。
 ダンスは、このような身体を中心とするメディアのなかでも言語に頼らないという大きな特徴があり、それが情報学のターゲットとして、とても魅力的です。
 1999年からはモーションキャプチャーでプロダンサーの動きをデータ化し、2007年からはダンスの振付の「三次元振付シミュレーションソフト」開発に取り組んでいます。
ソフトウェアを利用した振付を舞台で上演し、有用性が証明された
 ちなみに、このソフトはAIによる自動振付を目的にしたものではありません。振付を考えるのは生身の振付家であり、ソフトは振付のヒントを提供するアイデアプロセッサーです。ダンスは身体動作を表現手段とするため、人間の存在なしでは鑑賞に耐えうる作品は創れないと考えました。
 2017年以降、プロの振付家に依頼してソフトを用いた作品制作に取り組みました。リクエストは「音楽・物語・感情を排除し、身体の動きの魅力、訴求力だけで振付をすること」「ソフトの動きを必ず出発点にすること」です。実験公演は2017年、2018年、2021年、2023年に行い、観客と舞踊評論家へのアンケート調査の結果、ソフトの有用性が証明されました。
危険性や特性を理解したうえで、AIを使いこなしてほしい
 私は振付支援ソフトにAIは使いませんでしたが、AIを敬遠しているわけではありません。今後、動きのデータの蓄積が進めば、AIによる自動振付がおそらく可能になるだろうし、私自身、大学の情報学の講義では「AIをもっと使いこなしたほうがいい」と指導しています。ただし、AIを使うにあたっては少々注意が必要です。なぜなら、AIは今まで人間が使ってきた道具とはかなり異なる特性をもっているからです。AIは自律的に行動することもできるし、意識は持っていませんが、意識を持っているかのように振る舞うこともできます。ゆえに使い方を間違えると、人間がAIに支配されてしまう可能性があるのです。こうした事態を避けるには、危険性や特性をきちんと理解したうえでAIを使いこなすことが肝心です。
 情報学を学ぶうえで、もうひとつ心がけてほしいことがあります。多くの学生は、自分の身の回りに今起きていることだけに目を向けがちですが、時間軸、空間軸ともに広い視野をもち、世界の未来、それも何百年、何千年後の未来を想像しながら「社会はどうあるべきか」を考えていってほしいのです。人間にできて、AIにできないことのひとつとして挙げられるのが、「価値の創造」です。「何が良い社会で、何が悪い社会なのか」を考えることは、まだ人間にしかできないのです。情報学を含む人文社会科学を学ぶ意味もじつはそこにあるのではないか、と私は思っています。