About Toyo University Professor’s Scoop 理工学部 応用化学科 教授 安藤 直子
学問の領域は、広く深く日々進化しています。本学の教育・研究を担う教員の目に、世界はどのように映るのか。 食品生物や精油など、私たちの暮らしに密接するテーマを化学的観点から実験を行っている理工学部の安藤直子教授に、現在取り組んでいる研究について伺いました。

安藤 直子 教授
Profile
Ph.D. in Food Toxicology。アメリカ・オレゴン州立大学にてフードサイエンス・テクノロジー専攻を修了。JT生物分子工学研究プロジェクトチーム研究員、理化学研究所植物科学センター研究員を経たのち、2008年より本学に着任。カビ毒の研究が専門だが、自らがアトピー性皮膚炎で
悩んだ経験を活かし、抗炎症作用のある精油の開発にも取り組んでいる。
私の専門分野は食品毒性学です。私たちが日々口にしている食べ物にはさまざまなものが入っていますが、なかには本来入ってほしくないものもあります。そのひとつが、微生物が作り出す毒素=カビ毒です。日本人はカビに対しては比較的に寛容で「食品にカビが生えてもしょうがない」と軽く考えがちです。しかし、穀類やナッツ、落花生などに生えるカビには強力な発がん性物質が含まれることがあるなど、カビが作り出す毒素の中には健康に大きな被害を与えるものも存在します。
私の研究室では比較的毒性の低い「トリコテセン」というカビ毒を使った研究に取り組んでいます。トリコテセンとは主に麦やトウモロコシに生える赤カビが作りだす毒素で、世界中の農作物を汚染しています。摂取すると下痢、腹痛など中毒症状が引き起こされ、やっかいなことにこの毒は一度作られてしまうと煮ても焼いても分解されません。トリコテセンと呼ばれる毒は自然界に100以上も存在するため、研究室ではさまざまな種類のトリコテセンを収集し、それぞれの性質を調べるとともに、カビ毒の汚染から食物を守るための方法を探っています。
トリコテセンはその毒性から、これまでずっと悪者扱いされてきましたが、近年の研究でトリコテセンの類似化合物の中に、抗がん剤や免疫抑制剤として使えるものが存在することが分かってきました。「毒が薬として使える」というと驚かれるかもしれませんが、毒と薬は表裏一体の関係にあります。毒が身体にダメージを与えるということは、その物質に何らかの生理活性(生理的調整機能に作用する性質)があることを意味するので、毒素の濃度を下げただけでも、うまくすれば薬になるのです。これを受けて「せっかく研究室にたくさんの種類のトリコテセンを持っているのだから、活用しない手はない」と、応用して利用することにも取り組んでいます。具体的にはトリコテセンにいろんな酵素を仕掛けることで新しい構造をもった物質を作成し、それをがん細胞にふりかけて効果を調べる実験を行っています。また、別の種類のカビを利用して、タンパク質をより多く作らせるにはどんな条件が適しているのかなどの研究も並行して進めています。
毒性学だけでなく、植物由来の精油が持つ、アトピーなどの皮膚の炎症を抑える効果についても研究しています。化粧品などを作っている企業からの受託研究を受け、共同研究者たちとさまざまな精油の組み合わせを試した結果、ラベンダーとパチュリの組み合わせが最も抗炎症作用が高いことが分かりました。とはいえ、単純に二種類を混合すればいいというわけではなく、それぞれの希釈率や組み合わせの比率を変えながら最大の相乗効果を発揮する組み合わせを探っていく必要があったため、思っていた以上に大変な作業でした。
研究を進めていくうちに、精油が発する強い香りに過敏に反応してしまう人もいることが分かりました。近年注目を集めている「香害」です。香害を知ったことをきっかけに、図書館での啓蒙イベントに協力したり、「抗炎症作用を維持しつつ、できるだけ香りが少ないものを作るべきだ」と考えるようになり、今は香りがあまり残らないアルコール抽出法を使った精油へと、研究の重心を移しはじめています。
研究室ではさまざまな研究テーマに取り組んでいますが、どの研究も「生活に関係している」という点では共通しています。今やっているテーマがどんなふうに人々の生活と関わり、将来どう役に立つのかを考えながら研究する方が私の性に合っています。研究を進めていく上で最も大切だと思うのは「対象への興味をするどく持ち続けること」です。簡単なように見えて実はこれが意外と難しいのです。研究者は時間に追われて、論文発表しやすいテーマを選びたくなったり、研究費獲得を優先して、はやりのテーマを選びがちです。そんなことばかり気にしていると、いつの間にか本当に自分がやりたかったこと、興味を持っていたことが見えなくなってしまうのです。また、研究の成果がなかなか出ないと、対象への興味が薄れてしまうこともあります。そうならないためにも、「期日までに確実に研究成果が見込める研究テーマと、難しくも挑戦的な研究テーマの二本を同時に進めるように」と指導学生たちにアドバイスしたり、自身でも実践しています。
私自身、ずっと取り組んでいる食品毒性学というテーマはアメリカの大学院時代のふとした偶然がきっかけでしたし、今も関心に沿って、研究テーマの方向性を見直すこともあります。大学の良いところは、どんなテーマに取り組んでも怒られないことだと思っています。研究の喜びは必死に努力し、答えが得られたときの感動にあります。それを一度でも経験すれば、研究への情熱はより高まっていくはずです。ぜひ学生の皆さんも与えられたテーマ以外にも、関心の赴くままに挑戦してみてください。