About Toyo University Alumni Report タイ日字幕翻訳者 藤井 楓

Special Interview OB・OGの今

タイ日字幕翻訳者
藤井 楓 ふじい かえで

 近年、タイでは官民一体となってドラマや映画、音楽などのソフトパワーの強化に力を入れていて、日本にもタイ発のエンタメ作品が多く入ってきています。そんなドラマや映画の台詞に日本語字幕をつける仕事をしている藤井楓さん。東洋大学卒業後、約10年間タイで暮らし、働いていた藤井さんに、タイに興味をもったきっかけや、字幕翻訳の難しさ、面白さを伺いました。

推し活からはじまったタイへの興味が
いつの間にか仕事につながった。

 タイに興味を持ったのは中学生のとき。当時日本でも人気のあったタイのアイドルデュオGOLF&MIKEに夢中になったのがきっかけです。彼らにファンレターを書きたくて独学でタイ語を勉強するうちに、いつしかタイという国や文化にも興味をもつようになっていきました。大学は当時第二外国語の選択肢にタイ語があったこともあり、国際地域学部(現・国際学部)国際地域学科への進学を決めました。 卒業後はすぐにタイに移り住み、海外旅行保険の日本人向け窓口の仕事に就きました。仕事に不満があったわけではありませんが、何年か働いてタイ語をある程度話せるようになるにつれて「自分に本当に向いている仕事ってなんだろう?」と自問自答を繰り返すようになりました。もともと語学が好きで文章を書くのも好きで、人と話すよりは黙々と一人で何かをやることが好きだったこともあり、思い浮かんだのが、タイ語の映画やドラマを日本語に訳す「字幕翻訳の仕事」だったのです。
 試しに現地の翻訳会社に登録してみたところ、ほとんど経験がないにもかかわらず、定期的に翻訳の依頼が舞い込むようになりました。ちょうどタイのBL(ボーイズラブ)ドラマが日本で人気になりはじめていたことと、タイ語を直接日本語に訳せる字幕翻訳家が少なかったことが追い風になったのだと思います。当時、日本語字幕を作る際は、タイ語を一度英語に訳したものを日本語に訳すスタイル(タイ語→英語→日本語)が一般的でした。タイ語には日本語と同じで敬語が存在し、一人称や二人称のバリエーションも豊富です。一方、英語の一人称は「I(アイ)」だけで、丁寧な言い回しはあっても敬語は存在しません。そのため、英語を介した翻訳だと原語のニュアンスがうまく伝わらなくなってしまいます。そこでタイ語を直接日本語に訳すことのできる翻訳者が求められるようになったのです。もちろん、字幕翻訳の仕事をするにあたっては、自分なりにスキルを磨く努力もしました。タイの大学に通ってタイ語を集中的に学び直したほか、字幕の知識を身に付けるための勉強もしました。

ワクワクする気持ちがあるなら
諦めずに好きなことを続けてほしい。

 約10年間タイで過ごした後、2023年に帰国し、今はフリーの字幕翻訳家として日本で暮らしています。ありがたいことに仕事は順調で、去年は共訳も含め、15作品ほどの翻訳に関わらせていただきました。でも、まだまだ学ばなくてはいけないことがたくさんあります。字幕翻訳という仕事は、ただタイ語を日本語に直訳すればいいというわけではありません。日本語の語彙知識も必要だし、日本語の字幕翻訳には、一般的に読字しやすいと言われる「一秒、4文字ルール」というものがあって、いかに限られた文字数で原語のニュアンスを崩すことなく訳すことができるかが勝負となります。日々辞書を引きながらの作業で、とても難しいですが、それをクリアすることが仕事の喜び、やりがいにもなっています。
 もともとはドラマの翻訳が中心でしたが、最近は映画の仕事も増えています。今年4月に日本で公開されたゾンビ映画『哭戦 オペレーション・アンデッド』もそのひとつです。この作品は第二次世界大戦が舞台だったため、時代背景を意識した台詞回しを考えなくてはならない点で苦労しましたが、ドラマの仕事にはない喜びもありました。ドラマの場合は翻訳者の名前は出ませんが、映画ではエンドロールに名前が出るのです。映画館のスクリーンで自分の名前を見たとき、ようやく翻訳家として認められた気がして、少し誇らしい気持ちになりました。
 大学を卒業した頃は、タイ語でご飯を食べられるようになるなんて思ってもいませんでした。ところが、タイのエンタメが日本で流行し、仕事の需要が生まれたことで風向きが変わったのです。人生、何が起こるのか分かりません。学生の皆さんの中には「好きなこと、やりたいことはあるけど、お金になりそうにないから」と諦めてしまう人もいるのではないかと思います。でも、ワクワクする気持ちがあるのなら、最初から諦めるのではなく、ぜひ好きなことをやり続けてほしいです。私は日本に戻ってきた今も、相変わらずタイという国、タイの言語が大好きです。これからも字幕翻訳という仕事を通じて、タイのコンテンツを日本に広く紹介し、微力ではありますが、タイと日本をつなぐ架け橋になれればと思っています。

藤井さんの写真
Profile
2014年、国際地域学部(現/国際学部)国際地域学科卒業。約10年間、タイで会社員生活を送りながら、チュラロンコン大学、バンコク大学で学ぶ。2023年に帰国し、フリーの字幕翻訳家に。これまで字幕翻訳に関わった映画作品は「URANUS2324」、「哭戦 オペレーション・アンデッド」、「いばらの楽園」、「タクリー・ジェネシス」など。