About Toyo University Alumni Report 建築家 神田剛建築設計事務所 神田 剛
Special Interview OB・OG の今 Alumni Report
建築家 神田剛建築設計事務所
神田 剛 かんだ つよし
Profile
2001年工学部建築学科卒業、2003年工学研究科建築学専攻博士前期課程修了。大学在学中に隈研吾建築都市設計事務所にてアルバイトを始め、大学院修了後に入社。新国立競技場建設の工事監理など、大小さまざまな建築に携わる。2020年に神田剛建築設計事務所を立ち上げ独立。2022年日本空間デザイン賞入選。2023年ウッドデザイン賞受賞。
数万人のプロフェッショナルたちで作り上げた国立の舞台。
神田剛さんは日本を代表する建築家 隈研吾氏のもとで17年間、建築設計に従事し、新国立競技場建設という国家プロジェクトの一員としてもご活躍されました。数万人に上るプロフェッショナルたちの知識や経験、目標が調和し、ひとつの巨大建築物が完成していく体験を経て、建築家ひとりでは建物は建てられないと改めて痛感。集団の中で一人ひとりが個性を発揮し大きな目標を成し遂げたことは「まるで絵本のスイミーのようだった」と言います。
“ 実際に建つリアリティ” に触れた学生時代。
父が機械工学が専門の大学教員ということもあり、子どもの頃からものづくりに関心がありました。近代建築の三大巨匠と呼ばれるフランク・ロイド・ライトが設計し、現在は国の重要文化財に指定されている自由学園明日館によく連れて行ってもらっていて、その居心地の良さから建築に興味を持ち、「こんな建物を作る職業があるんだ」と建築家に憧れるようになりました。
大学時代には仲間と研究室に泊まり込みで作業をした日もありました。今もそうですが、一人で考え込んでいるとアイデアの良し悪しがわからなくなる時があります。そんな時はよく一緒に徹夜していた友人に意見を求めたものです。他者視点から考え直すといった楽しさは、今も鮮明に記憶に残っています。
大学3年生からは、建築家の隈研吾さんの設計事務所で模型制作のアルバイトを始めました。大学での授業と大きく異なったのは、“現実の建築をつくる現場” であること。授業でも模型を作りますが、それが実際に建つことはめったにありません。しかし、設計事務所で作る模型はその後、実際に人が暮らしたり、使われたりする。そこに圧倒的なリアリティの差があり、自分が良いと思うものだけではなく、他の人の要望や感性もデザインに組み込む必要があることや細部まできめ細やかに考えなければいけない責任感が芽生える体験となりました。生み出す苦しみを超えて建築を実現させるために携わる全員が必死に頑張っている。その雰囲気やチームで働く楽しさに気づいたことが、建築の世界の深みにはまった瞬間かもしれません。
今は300名をこえる所員数の隈さんの事務所も僕が学生だった当時は社員がまだ15名程度で、アルバイトも私を含めて3名ほど。大学院進学後も続けていたので、気づけば一番長く勤めるアルバイトスタッフとなっていました。ある日、隈さんから卒業後はどうするのか聞かれました。「事務所で働きたい」と想いを伝え、ポートフォリオを提出し面接を受けたのですが、その後3ヶ月くらい返事がなく、半ば諦めていたんです。すると、修士論文の発表を終えた帰り道に突然電話がかかってきて「いつから働ける?」と。「明日にでも!」とお伝えし、それから17年間お世話になりました。
建築デザインとは課題解決である。
隈事務所時代の新国立競技場の建設では、工事監理を担当しました。数万枚の施工図面をチェックし、設計図通りに工事が進んでいるかを現場確認しながら、デザイン視点での気づきを設計担当にフィードバックする作業を繰り返し行いました。このプロジェクトの一環で印象強く残っていることは、スタジアムの外周を飾る軒庇。全国47都道府県から集めたスギの木※1を使用したのですが、実際にスギ材を自分の目でしっかりと見て、品質確認も行いました。すると、地域によってスギの木目の風合いや木の性質が異なることに気づいたのです。一口にスギと言っても、地域の平均温度や日照時間の差によって生まれる表情の違いなど、天然素材の面白さがありました。実はこのスギ材を使った庇は、スギ材同士の隙間がスタジアムの北側と南側で異なります。これは空調をなるべく使わない方針から自然の卓越風※2をうまく活用しようと調整されたもので、季節によって変化する暖かい風と冷たい風が吹く方角に合わせて、効率良く客席全体に取り込めるように設計されています。
新国立競技場をはじめ貴重な経験を積ませていただき2020年に独立し、現在は、住宅や学校施設を中心に建築デザインを手掛けています。建築デザインとは、問題や課題に対するソリューション(解決方法)であると感じています。それは自分が見つける時もありますが、多くはクライアントからいただく宝物。使う人が感じている問題の解釈を広げ、ご本人が気づいていない本質に到達するまでデザインを考えます。ご要望を鵜呑みにするのではなく、それに対するメリット・デメリットをきちんと理解していただけるように説明することもデザインの一部であると考え、大切にしています。将来的には、規模が小さくあっても建築が起点となって、地域が活性化するような、経年しても錆びさえも愛されるような、長く使われるモノを作りたいです。
世の中にある「建築」には、何らかの意図や哲学が含まれています。例えば、新国立競技場の軒庇に使っている各地のスギ材は、実際の都道府県の位置に沿うように北側は北海道、南側は九州・沖縄でレイアウトされ、「日本全国ひとつになろう」という想いが込められました。他にも「法隆寺は木造なのに、なぜ1400年以上経った今も現存しているのか」「横浜の赤レンガ倉庫はなぜこの煉瓦の積み方なのか」と紐解いていくと、面白く予想外なものが建築にはたくさんあります。建物全体を眺めたあとに、近くに寄ってディティールを見てみる。家具や照明、庭との調和を感じる。美術館での絵画鑑賞と同じように、建築物も楽しんでもらえたら嬉しいですね。
※1 沖縄県のみ、リュウキュウマツを使用
※2 ある特定の期間に吹く、最も頻度が高い風向きの風のこと。新国立競技場では夏はスタジアム内に風を取り込みやすく、冬は風をスタジアムに入れず上に抜けるよう設計されている。