About Toyo University Professor’s Scoop オリンピック・パラリンピック特別対談

Professor’s Scoop オリンピック・パラリンピック特別対談

学問の領域は、広く深く日々進化しています。
本学の教育・研究を行う教員の目に、世界はどのように映るのか。
今夏のパリ2024オリンピック・パラリンピックを目前に本学に在籍し、これまで数々のオリンピアンを育成してきたお二人の指導者に指導者の視点から見たオリンピックについて対談いただきました。

Professor’s Scoop

法学部企業法学科 土江 寛裕 教授

Profile
博士(人間科学)。日本陸上競技連盟強化委員会オリンピック強化ディレクター。1996年アトランタオリンピック、2004年アテネオリンピック代表。2014年より本学陸上部短距離部門アシスタントコーチとして日本で初めて100m9秒台を記録した桐生祥秀を指導するほか、日本男子リレーチームのコーチとしても活躍。

法学部企業法学科 平井 伯昌 教授

Profile
修士(スポーツ科学)。競泳日本代表コーチ、日本水泳連盟理事、前競泳委員長。東京スイミングセンターにて北島康介をはじめとしたトップアスリートの育成に携わる。2013年4月より本学法学部の教員および水泳部監督に就任。萩野公介、内田美希、大橋悠依など本学から多くのオリンピアンを輩出した。

未知なるプレッシャーと戦うことの繰り返し
世界の舞台で戦うアスリートの育成に必要なものは何でしょうか?

平井 オリンピックに出る選手は、当然ですが確かな実力を持っている選手たちばかり。しかし、オリンピックのような大舞台では自分の実力を発揮するメンタルを保つことができるかが重要になります。そして精神的な強さというものは人によって成長曲線が大きく異なるもの。ピークが大学生の頃なのか、社会人になってからなのか… それぞれのパターンに合わせて我々指導者が接していく必要があるのは間違いないですね。

土江 陸上の世界では高校生が日本代表に入るのは非常にレアケースで、高い実力を持つ選手の多くも大学以降に日本代表を目指す形になります。ただ、日本代表を目指すといっても特別なことがある訳じゃありません。地元の小さな陸上大会から、地方大会、全国大会と、上のカテゴリーの選手と一緒に戦えるようになり、そこで勝ち負けを経験し、歯が立たないと思った相手にも戦えるようになっていく。こうした積み重ねの先にオリンピックという舞台があるので、未知の領域への挑戦をどれだけ与えることができるかは重要ですね。

平井 その一方で全員が上の舞台に行くことはできません。代表選考会など大きな舞台で緊張や不安に飲み込まれる選手も少なくありません。私はレース展開のアドバイスなど事実にもとづいた情報で、不安を取り除いてあげたいと思っていますが「こうやったら勝てるよ」と伝えた言葉を信じ切って戦えるのもまたひとつの才能でしょうね。大事な場面でひとつ勝てると自信が生まれて、それを見た他のメンバーも育っていく、そのような繰り返しですよね。

土江 ほとんどの選手が一度は敗北を経験します。それは本人が乗り越えていくしかない。指導者としては負けた選手を慰めるようなことはあまりしません。結局は次に何をするかを考えるしかないですから。

平井 レースが始まる前から「もう早く終わってほしい」「この苦しい状況をいち早く終えたい」と伝えられたこともあります。重圧に潰されそうな状況では、時間をかけて話をして少しずつ自信を回復してもらうしかないですね。

土江 言い方は悪いかもしれませんが、都合よく切り替えができる選手は大舞台に強いイメージもありますね。臆することなく「いっちゃえ!」と割り切れてしまうというか。

平井 指導者からすると失敗から学べることもあると思い、声をかけると「そんなことありましたっけ?」と言う選手もいますね(笑)。

個性を尊重しつつ、世界で戦うレベルを身につける
大舞台に向けたトレーニングで気を配る点はありますか?

土江 恐怖や心配による緊張が不安を生む一方で、ワクワクから生まれる緊張もあります。目の前のレースや大会が楽しみでしょうがない。それまでの準備も含めて自信があふれていて、スタートラインに早く立ちたいという状態。私たち指導者はその状態に持っていくために最大限準備をするだけです。本人が大会前に明らかに調子が良いと思えるように、あえて本人のベストな数字が出やすい練習を組み込むこともあります。

平井 選手の中には調子が良すぎると大会前にピークが終わるんじゃないかと心配することもありますね。

土江 客観的なデータを見せるのは効果的ですが、過度な期待を持たせるようにしてはいけないと思っています。あくまで小さな成功の積み重ねの先に実力は伸びるものだと思うので。一気にタイムが伸びる選手もいますが、そこに至るまでのプロセスは重要だと思います。

平井 個性に合わせた指導はあるもののトレーニングには最大公約数があるんですね。金メダルを取るレベルに必要な要素はそんなに変わりませんから。1から10までの中で例えば9、10を変えた方が良い人もいれば、5~7を変えた方が良い人もいる。選手によってはどんなトレーニングも自分のためになるからやりたいという選手もいます。自分に合う、合わないを理由に練習を選んでいると、自分では必要ないと思っていたところに重要なポイントが隠れていることもありますね。

土江 大学の陸上部にはオリンピックを目指す選手や、インカレに出場するために頑張っている選手などいろんなレベルの選手がいて、指導者側も進歩しなくてはなりません。短距離・フィールド部門監督である梶原道明先生は本当にすべての選手に寄り添い、うまくいく時もいかない時も常に一緒にあるというスタイルで指導されています。私の目指すべき指導者像であり、そこに向けて日々勉強している最中ですね。

4年に一度しかないことの難しさ
指導者の立場から見たオリンピックとは?

土江 オリンピックは4 年に一度ですから、大学在学中には基本的に1度しか訪れない訳です。実力が伴う時期と開催が重なる選手には、世界選手権やアジア大会といったオリンピックにつながる大会を意識してきっちりとプランを立てながらトレーニングします。結果が出始めると選手も自信になりますが、うまくいかない場合もある。トレーニングも本人が納得した上で行わないと結果は出にくいもので、お互いにオリンピックを目指すパートナーとして対話しながら信頼関係を築くことは必須でしょうね。

平井 競技レベルが上がることでトレーニングに費やす年月も必要になり、現役で過ごす年齢も上がってきました。在学中にオリンピックに惜しくも行けなかった選手が次の大会を目指す例も増えています。陸上も水泳も卒業後に所属が変わっても、東洋大学で継続して練習を積む選手は実は多いのです。4年という時間は長いようで、オリンピックを本気で目指すにはあっという間です。とはいえ人生という単位で考えると大きな影響がある時間です。選手のライフプランも含めて話し合う機会も多くなりましたね。

土江 代表コーチはトップレベルの選手のマネジメントをして送り出す仕事なので、日々の大学でのコーチングとは異なります。指導者の目線で見ると、日本代表の中に自分が育てている選手たちを参加させられるように陸上部を強化しています。

平井 体調が良くなかったとか、故障していたとか、もしそれらがあったとしても全員がオリンピックに照準を合わせている以上、言い訳になってしまう。自分の力を最も発揮しなければならない世界最高の舞台ですから。初めてコーチとして参加したのは2000年のシドニー大会。その時は選手以上に緊張して手に汗握ったことを覚えています。それから20年以上が経ち、4年に一度戻らなきゃいけない舞台と感じるようになりましたね。

「チーム東洋」の心で世界の舞台へ
現役学生、OBOGを含めたオリンピアンへメッセージをお願いします。

平井 私も同じ日の丸をつけた仲間として現地へ赴きますので、日本代表であり東洋大学代表として一緒にパリで戦いましょう。

土江 「チームジャパン」ではありますが、それでも心の中には「チーム東洋」の想いがあります。選手村で顔を合わせる機会もありますから、お互いに励ましあって、一緒に頑張ろうという気持ちで挑んでいきたいですね。

土江 寛裕“トレーニングは本人が納得した上でないと結果は出にくく、信頼関係が必須”

平井 伯昌“ 選手自身が必要ないと思っていたところに、重要なポイントが隠れていることもある”