12月16日 宮治昭先生 公開講演会報告

ガンダーラ美術から見る初期大乗仏教

 龍谷大学・名古屋大学名誉教授
 宮治 昭 先生

 西北インドでクシャーン朝時代(AD. c中頃~3c 中頃)以降、5世紀頃まで隆盛したガンダーラ美術は、仏伝を主題にした彫刻が圧倒的に多いが、大乗仏教と関わる一群の彫刻がある。それらはかつてA.フ-シェによって、仏伝の1エピソードである「舎衛城の神変」場面と解釈されたものである。

 フーシェの解釈以後、類似の作例が数多く発見され、現在ではそれらの彫刻群が大乗仏教と関わるテーマを表したものであるとする見解が有力となっている。しかし、それらがどのような内容を表したものか、多くの議論があり未だ不明な点が多い。今回、研究史を踏まえ、私の考えをお話ししたい。

 伝統(小乗、部派)仏教が阿含経を釈尊の教えとして忠実に伝承しようとしたのに対し、大乗仏教では法滅意識を背景にすべての衆生を悟りに導くことを目差した。大乗仏教は伝統仏教と異なる仏身観・菩薩観・世界観を打ち出すが、それを物語るのが初期大乗経典に記される仏陀の「大光明の神変」である。伝統仏教でも釈尊の神変が説かれるが、それは外道の調伏、教化が基本である。それに対し、大乗の「大光明の神変」は衆生を悟りに導くことが目的である。

 「大光明の神変」は5世紀以前に漢訳された主要な初期大乗経典<大品般若経><法華経><華厳経><無量寿経>に共通して説かれる。仏陀が深い禅定三味に入り、身体から大光明を発すると、その光は無量の仏国土―そこには仏・菩薩・衆生たちがいる―を遍く照らし、その光によって苦しむ衆生は救われ、仏国土にいる多くの仏・菩薩たちは娑婆世界を見て、釈迦仏のもとに来至し、香華を散じ供養すると、娑婆世界は浄土のようになる。このような仏陀の「大光明の神変」は、大乗説法がなされる前兆として、初期大乗経典に記されるのである。

 ガンダーラの大乗仏教に関わる彫刻は、図像形式から4つのタイプに分けられるので、以下にそれぞれについて説明し、解釈を試みる。

 (1)「三尊タイプ」(34例)…仏陀が蓮華座に坐し説法印を結び、両側に図像・性格の異なる二菩薩を配する。このタイプは大乗仏教の仏身観・菩薩観をもとに(大乗の)説法をなす仏陀を中心に、手に水瓶を持つ束髪・髻型の上求菩提・自利の働きをもつ菩薩と、手に花綱や蓮華を持つターバン冠飾型の下化衆生・利他の働きをもつ菩薩を従えるのが基本となっており、最初期の大乗の仏三尊像と考えられる。この三尊タイプは次第にガンダーラ・インドで典型となる釈迦・弥勒・観音の仏三尊像となる。

 (2)「発出タイプ」(10例)…仏陀もしくは菩薩が蓮華座に坐し禅定印を結び、その両側から放射状に4,5体の仏陀や神々を発出する。このタイプは仏陀、あるいは最高位の菩薩(仏陀に等しい境地に達した菩薩)が禅定三昧に入って光を発し、その光が化仏や神々に変化し、衆生を救済することを表している。

 次に大構図をとる「楼閣タイプ」と「蓮池タイプ」は、「三尊タイプ」や「発出タイプ」の図像を取り入れることが多く、構図も複雑化する。

 (3)「楼閣タイプ」(8例)…楼閣建築の内に「三尊タイプ」の仏三尊像を配し、上部に欄干上の天人たちが讃嘆し、さらに上層では列龕内に多くの仏・菩薩の坐像を表す。このタイプは<初期華厳経>(『兜沙経』『菩薩本業経』『六十華厳』「宝生如来性起品」「十地品」など)との関係が強くうかががえる。上層に表される列龕内の菩薩たちの表現は十地の菩薩を想起させ、最上層に表される仏伝場面は「八相示現」の図像と解される。

 (4)「蓮池タイプ」(8例)…下端に蓮池を表し、中央に蓮華座に坐す仏陀、その両側に3~4層にわたって様々な姿をとる菩薩たち―いずれも足下に蓮をつける―が見られ、上層右上に1体だけ岩座に坐した仏陀が比丘と対話をする様子が表される。このタイプは<初期無量寿経>(『大阿弥陀経』『平等覚経』)によって解釈される。岩座に坐す仏陀は釈迦仏で、右手を挙げて阿難に阿弥陀仏を示すや、大光明を発する阿弥陀仏とその仏国土が目の前に現れた光景とみられる。<初期無量寿経>では、阿弥陀仏国に生まれた菩薩たちは経を説いたり、経を聴いたり、仏道を修したり、坐禅をしたり、対話をしつつ修道をなすことが説かれ、蓮池タイプの図像と照合しうる。蓮池タイプは釈迦仏のいる娑婆世界に阿弥陀仏が顕現した光景を表すもので、最初期の阿弥陀信仰を物語る美術作例といえる。

 以上の4タイプの一群のガンダーラ彫刻は、3~4世紀(一部2世紀)頃の制作と推定され、内容的にも相互に関連が深く、初期大乗仏教の様相を知るうえで貴重な作例といえる。