数理モデルを駆使して多文化共生社会の実像を探る

大阪大学工学部応用物理学科卒業。埼玉大学理工学研究科情報数理科学専攻修了。フランスストラスブール大学客員教授などを経て、2017年より現職。訳書に、『すべての人を温かく迎え入れる村 リアーチェ 多文化共生の一つのすがた』。

TOYO PERSON

ネットワーク分析で読み解く人間関係

グローバル化が進んでいる中、移民問題をはじめ、多文化共生社会を実現するには、いくつもの解決すべき課題が生じている。国際観光学部で教鞭をとる中挾知延子は、情報科学的なアプローチでそうした問題に向き合う研究を行っている。
「学生や院生時代はコンピュータを用いて数理モデルを構築するなど理系の道を進んできましたが、本学の国際地域学部(現国際観光学部)にコンピュータ教育の担当として赴任し、学生たちと地域ボランティアなどに取り組むようになったことをきっかけに、数理モデリングのスキルを地域社会の解析に活かしたいと考えるようになりました」
さらに多文化共生をテーマに研究に取り組むようになったのは、サバティカル(研究休暇)でフランスのストラスブール大学で研究員を務めていた時のこと。
「北アフリカからの移民が多くいる地域でしたが、地元住民との人間関係は必ずしも良好とは言えませんでした。そこで、文化的背景の異なる人と人との間のコミュニケーションネットワークをモデル化して分析することで、より良い関係性の構築につなげられるのではないかと考えました」
中挾は100人近くの地域住民にアンケートとインタビューを実施。それをもとに、ソーシャルネットワーク分析という手法を用いて人々のつながり方を視覚化した。それに続き、世界各国からの移民を受け入れて共生社会を実現している南イタリアカラブリア州イオニア海沿いのリアーチェという小さな村でも、同様の手法で調査を行った。
「その結果、移民と地元住民が混ざり合って暮らす『混住』が進んでいる地域ほど良好な人間関係を築いていることがわかりました。移民は集まって生活することが多く、なかなか混住が進まない傾向があります。しかし、移民と地元住民の役割を固定するのではなく、移民にもリーダー的な役割を担ってもらう『役割交換』を実施するなど、受け入れ側の姿勢によって混住が促進されるのです」

ネットワーク分析で読み解く人間関係

相互理解を深める『連帯ツーリズム』との出会い

リアーチェの調査ではもう1つ大きな収穫があった。カミーニという小さな隣村でユニークな移民受け入れ策を行っているという情報が得られたのだ。
「カミーニでは、『連帯ツーリズム』という観光事業を実施しています。『連帯ツーリズム』は、地域を訪れたボランティア、移民、地元住民、NPOの4者が連携しながら地域が抱える課題に取り組むことで相互理解を深めるというものです。災害の復興支援などを主な目的としたボランティア活動とは異なり、『連帯ツーリズム』では、ボランティアが数ヶ月から1年間滞在しながら移民の子供に勉強を教えたり、民芸品の製作・販売を行ったり、文化体験をしたりするなど、地域と一体となって活動します。一方で、空き家をリノベーションしてボランティアの宿泊所として活用したり、村の飲食店で食事をしてもらったりすることで、副次的な経済効果も生まれています」
中挾はこうした持続可能なツーリズムのあり方に共感し、日本への導入も視野に研究を進めている。
「地方に限らず、都市部でも、連帯ツーリズムの考え方を生かして相互理解を深めたり、地域を活性化したりすることができるはずです。その効果を検証するためにも、数理モデリングの手法でさらなる解析を進めていきます」

相互理解を深める『連帯ツーリズム』との出会い

取材日(2022年10月)
所属・身分等は取材時点の情報です。