文献、現地調査、デジタル技術を融合し、新たな視点で中国とシルクロードの歴史を明らかにする

中央大学大学院文学研究科博士後期課程東洋史学専攻単位満了退学。博士(史学)。北京大学に留学後、国立情報学研究所コンテンツ科学研究系特任研究員、東洋大学文学部史学科准教授などを経て、2021年より現職。中国中世史、内陸アジア史を専門とする。著書に『唐代沙陀突厥史の研究』など。

TOYO PERSON

出土文献から見えてくる本当の歴史

国際社会で大きな存在感を示している中国。その歴史は非常に長く、地域も広範にわたるため、世界各国の歴史学者が研究対象としてきた。文学部史学科教授の西村陽子もまた、中国の壮大な歴史に魅せられた歴史学者の一人だ。
「基本的な研究手法は、出土文献を読み解くことです。中国では唐の時代に墓に埋葬された墓誌が多く発見されています。墓誌には被葬者の功績や当時起きた出来事などが記されていますが、後世に編纂された歴史書と比較すると事実関係が異なることが多々あります。例えば、唐の時代は中華文明の最盛期というのが定説でしたが、ある墓誌を読むと、トルコ系やソグド系(中央アジア・イラン系)の遊牧民が大きな権力を持っていたという全く違う実像が浮かび上がってきます」
このように、史料を読み解くことで本当の歴史を復元していくことが、現在の研究の核となっている。

出土文献から見えてくる本当の歴史

他分野との共同研究から生まれた新発見

西村は史学の枠を超えたテーマにも取り組んできた。それが、中国留学時に行ったシルクロードの遺跡調査をもとにした研究だ。
「シルクロードでは過去に大規模な調査が何度も行われており、当時、発見された遺跡の様子や位置を記した古写真や古地図といった資料が残されています。私は、100年前のシルクロード探検隊が作成した報告書と、1980年代に中国が行った悉皆調査の報告書をもとに調査を実施しました。報告書に記されている遺跡を訪ね歩き、その位置を地図上に記載していったところ、1980年代の報告書に記載された遺跡はすぐに分かりましたが、100年前の報告書に書かれた遺跡はほぼ見つけられませんでした」
西村が行った調査により、遺跡の正確な位置や分布が明らかにされた。80年代の報告書には正確な位置を示す地図は掲載されていなかったため、これは初めて得られる知見であったが、その結果をもとに研究は新たな広がりを見せる。
「国立情報学研究所でポスドク(博士研究員)を務めていた時、画像処理の専門家との共同研究により、100年前の報告書にあった地図と私の調査結果をデジタル処理で比較するという試みに挑戦しました。100年前の調査では技術的に経度を測れなかったこと、ある報告書に記載されていたように探検隊の計測機器に途中で不具合が起きたことがズレの要因であると考え、定量計算によってそのズレの補正データを作成したのです。その結果、100年前の地図を補正すると、私の調査結果とうまく一致することが判明しました。100年前の地図には、今では所在不明となっている遺跡の数々が記載されていたのですが、補正した地図をもとに探索すればそれらを発見できるのではないかと考え、現地の研究者と共に再調査を実施しました。すると、我々の推定通りの場所から次々に所在不明になっていた遺跡が再発見されたのです」
現地調査というアナログな手法とデジタル技術をかけ合わせることで新発見につなげた西村はこう語る。
「史料を読み解くだけでなく、新たな手法を取り入れることで見えてくることがたくさんあります。現在は、日中欧が共同で使えるプラットフォームとして新たな遺跡地図を作ることを目標に研究を進めています。考古調査における中国の存在感が大きくなる中、時間を越えて情報をグローバルに連携する必要性はますます高まっています。今後も研究を通じて、国際交流に貢献していきたいと思います」

他分野との共同研究から生まれた新発見

取材日(2022年9月)
所属・身分等は取材時点の情報です。