犯罪心理学と最先端のテクノロジーを融合させて犯罪被害を最小限に抑える

山形県科学捜査研究所心理係主任研究官を務めた後、関西国際大学人間科学部教授を経て、2014年より現職。日本犯罪心理学会常任理事、日本カスタマーハラスメント対応協会理事も務める。NHK『クローズアップ現代』をはじめ国内外のメディアでの解説多数。

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尼崎では「ひったくり」が激減。そこには、犯罪心理学の社会実装が

日本では刑法犯全体では17年連続で減少し続けているものの、いまだ弱者を狙う特殊詐欺や世間を揺るがす凶悪犯罪は後を絶たない。社会学部の桐生正幸は、犯罪心理学と科学捜査研究所(科捜研)で培った現場感覚と知見をもとに、こうした犯罪を未然に防ぐ努力を続けている。
「科捜研時代にあらゆる種類の犯罪の現場に赴きました。主な職務は過去のデータベースをもとに犯人の人物像を推定、犯行予測をする犯罪者プロファイリング、そして心電図や呼吸運動、皮膚電気活動などの生理指標を基に犯人しか知り得ない記憶を検出するポリグラフ検査です。こうした捜査手法には、犯罪心理学や生理心理学の知見が高度に応用されています」
心理学を社会実装し、弱者を救うことが、桐生の研究の大きな目的だ。実際に犯罪心理学の手法を用いて、多くの犯罪を未然に防いできた。
「兵庫県尼崎市では2012年は年間258件ものひったくり事件が起きていました。しかし、犯人像をプロファイリングして次の犯行現場を予測し、防犯カメラやパトロールを配置するなどして対策したところ、2020年は年間37件になり、実に85.7%の減少とすることができました。このように犯罪心理学を社会に実装すれば、システマチックかつ合理的に犯罪を防ぐことができるのです。犯罪心理学といえば、犯罪者の心理分析にばかり目が向きがちですが、実は膨大なデータベースをもとにアルゴリズムを駆使して犯人の行動を分析するデータサイエンスとしての側面も持っているのです」

尼崎では「ひったくり」が激減。そこには、犯罪心理学の社会実装が

データサイエンスやAIを駆使する犯罪心理学の現場

桐生は、現在、東洋大学と尼崎市と富士通株式会社で産官学連携し、特殊詐欺対策の共同研究を行っている。
「例えば、騙される人の心理分析を通して、特殊詐欺を高精度に検知する技術の開発に取り組んでいます。犯人は詐欺電話をかける際、安心させたり急かしたりして被害者をある種のパニック状態に陥らせて判断力を鈍らせて騙すのです。そうした会話を再現した音声を被害者に聞いてもらい、顔の表情や脈拍心拍数などの生理指標を数値化しAIにより分析することで詐欺に逢いそうな心理状態を検知するのです。こうして騙される前に自動で介入することで詐欺を未然に防ぐことが目的です」
犯罪にはならなくても世の中を萎縮させてしまう迷惑行為への対策も桐生教授の研究対象だ。
「近年、企業や店舗に対して悪質なクレームを繰り返すカスタマーハラスメントと呼ばれる行為が社会問題化しています。現在、カスタマーハラスメントのタイプや、被害者が感じているストレスなどの実態の調査・分析を進めています。それを基に犯罪心理学の手法を用いてカスタマーハラスメント対策に応用できないか、現場検証を始めたところです」
犯罪防止や抑止に取り組み続ける桐生は、犯罪心理学を研究することの意義についてこう語る。
「犯罪とは最もネガティブな人間の行動とも言えるでしょう。しかし、それは現代の社会を映し出す鏡のようなものでもあります。犯罪を見ることで社会が見えてくる。さらには、犯罪心理学を社会実装することで犯罪被害を最小限に抑えることもできる。犯罪心理学には大きな可能性があるのです」

データサイエンスやAIを駆使する犯罪心理学の現場

取材日(2022年7月)
所属・身分等は取材時点の情報です。