血管が果たす役割を明らかにし健康寿命の延伸に貢献する

県立広島女子大学生活科学部を卒業後、神戸大学大学院総合人間科学研究科にて博士課程を修了。日本女子体育大学附属基礎体力研究所助教などを経て、2017年より現職。2020年には、日本生理人類学会論文奨励賞を受賞。

TOYO PERSON

人間の体内では常に血液が循環している。心臓から送り出された血液は、動脈血管を通って筋肉や脳、内臓などあらゆる臓器に栄養素を運んだ後、静脈血管を経て再び心臓に戻ってくる。このように、血流は生命維持に不可欠なものだが、いまだに解明されていない部分も多い。 「酸素や栄養素を運ぶ役割を担う動脈に関しては、その重要性が以前から認識されており、研究も進展しています。しかし、静脈に関しては単に『血液の戻り道』という認識をされてきた上に、血流量の測定が動脈と比較して難しいことから、これまであまり重要視されてきませんでした。しかし、私たちは体全体に張り巡らされている静脈にも必ず大切な役割があると考え、日々研究を行っています。事実として、静脈血管は非常に柔らかく血液を溜めやすい性質があるため、安静時は全血液量の60~70%を蓄える働きがあります。また、運動などの生理的ストレスが生じると、静脈血管が応答して血液を心臓に還し、全身への血液供給や血圧調節に貢献するという機能も持っています」 そう語るのは、食環境科学部の大上安奈准教授。これまで、運動生理学的アプローチにより、人間の動脈と静脈の働きを研究してきた。

体温調節機構に対する老化の影響を血流の変化から探る

近年、大上准教授が積極的に取り組んでいるのが、高齢者の血流に関する研究だ。
「人間は、体温が4℃上昇するだけでも正常な生体機能を維持できません。そのため、気温が高い環境下や運動を行ったときには、体温上昇を防ぐために皮膚の血流量や発汗量を増大させ、熱を体外に発散させています。しかし、老化が進むと皮膚血流量や発汗機能の低下により、体温調節が難しくなってしまいます。また、そうした皮膚血流量の低下は下肢から始まると考えられていましたが、それが確かなことなのか、またなぜそのような現象が起きるのかは明らかにされていません。そこでまず、下肢にある大腿動脈に着目し、若年成人と高齢者で血流量の違いを調べる実験を行いました。その結果、膝を曲げ伸ばしする程度の適度な負荷を与えた場合、一定の筋肉量あたりの大腿動脈血流量は老化により抑制されないことがわかりました。しかし、老化によって血流量を保持するための仕組みが変化しており、高齢者は血圧を上げることで血流量を確保していることが示唆されました。今後は静脈においても同様の研究を行い、老化と血流量の関係を明らかにしたいと考えています」
現代において、脳血管疾患や心臓血管系の疾患は高齢者の死因の約20%を占めている。また、体温調節機能と密接にリンクした熱中症も、高齢者の命をおびやかす大きな問題だ。大上准教授の研究が進めば、高齢者の血管に負担を与えない適切な運動強度が明らかになるだけでなく、新たな熱中症対策の道筋が見えてくるかもしれない。一連の研究に関して大上准教授がまとめた論文は「日本生理人類学会 2019年度 論文奨励賞」を受賞するなど、高い評価を受けた。

体温調節機構に対する老化の影響を血流の変化から探る

静脈の特性に注目し新たな体内メカニズムの発見を目指す

大上准教授は、静脈について新たなアプローチでの研究も進めている。静脈は血液を溜め込むために拡張・収縮する機能があるが、それが動脈と同じ仕組みによるものなのかまだ分かっていない。この仕組みを解明するヒントとなるのが、血圧が高くなるほど血管が硬くなり、またトレーニングすることで柔らかくなるという静脈の特性だ。他にも、静脈を拡張させる物質として、一酸化窒素が重要な役割を果たすことが知られている。それらの知見を基に、一酸化窒素による静脈の調節システムの解明に取り組んでいるのだ。
「ビートという野菜には、体内で一酸化窒素に変換される硝酸塩が多く含まれています。それを使ったビートルートジュースというドリンクを摂取することにより、一酸化窒素が静脈の血管にどのような作用を及ぼすのか明らかにしたいと思っています」

静脈の特性に注目し新たな体内メカニズムの発見を目指す

人間そのものを研究対象にできるのが運動生理学の醍醐味

大上准教授の実験には、学生たちも被験者として参加する。人間を対象とする実験だけに、手法や条件を厳密に設定しなければならない。
「ランニングマシーンやエアロバイクなどの器具を使って運動をしてもらい、専用の血流量測定装置や超音波装置を用いてデータを集めます。緊張によるストレスがデータに反映されることもあるため、実験に慣れた学生に協力してもらうことには大きなメリットがあります。また、被験者に大きな負担をかける実験は倫理的に禁止されているため、被験者に配慮した実験手法を取ることも考慮しなければなりません」
大上准教授は学生時代ソフトボールに熱中してきた。そのときに人間の身体の仕組みに興味を持ったことが、研究の道に進むきっかけになったという。
「スポーツを通して、安静にしているときと運動をしているときで体のコンディションが全く異なることを実感し、人の身体の調節に興味を持ちました。人間の身体に関してはまだまだ知られていないことばかりです。一つ仕組みを明確にしても、またすぐ新たな疑問が湧いてくる。特に血流のような調節系は、どこかで不具合が起きても他でサポートする機能が備わっており、複雑な仕組みが好奇心を刺激してやみません。生命の仕組みを解き明かす方法としては分子生物学など色々なアプローチがありますが、私はやはり人間そのものを研究対象にしたいと思っています。人を身体全体、つまりホールボディで捉えて有意義な結果を導き出す。それが、運動生理学の醍醐味だと感じています」

人間そのものを研究対象にできるのが運動生理学の醍醐味取材日(2020年12月)
所属・身分等は取材時点の情報です。