排水由来の温室効果ガス排出メカニズムを解明しパリ協定における削減目標の達成を目指す

博士(工学)。2008年東北大学大学院工学研究科土木工学専攻修了。民間の水処理関連企業で研究員として勤務した後、2015年より現職。主な研究テーマは温室効果ガス、水圏環境、浄化槽、排水処理など。現在は浄化槽や排水処理施設の研究を行ってきた経験をもとに、排水由来のGHGs排出量削減に取り組んでいる。

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異常気象などの問題を引き起こす地球温暖化が大きな問題となっている。その原因となるのが、大気中に放出される二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガス(以下、GHGs)と呼ばれるものだ。近年、地球温暖化を食い止めるべく、世界規模でGHGs排出削減の取り組みが始まっている。その中でも当面の目標は、2016年11月に発効したパリ協定だ。パリ協定とは、気候変動の脅威に対する国際的な取り組みを定めた協定のこと。日本も積極的な姿勢を見せており、2030年度までに2013年度比GHGsを26%削減することを目標として掲げている。さらに、今年就任した菅義偉首相は、2050年にGHGsの排出をゼロにすると宣言し、大きな注目を浴びた。このように、GHGs排出削減はまさに喫緊の課題となっているのだ。

日本独自の排出係数を導き出し、GHGs排出量を正確に算定する

「現在、日本が排出するGHGsのうち、約9割が化石燃料の燃焼等による二酸化炭素の排出となっています。しかし、排出量の多い項目のみ対策を講じるだけでは、削減目標の達成は難しいでしょう。全ての項目、全ての分野で最大限の削減を行うことが求められているのです」
そう語るのは、理工学部都市環境デザイン学科の山崎宏史教授。長らく汚水処理施設の現場に携わってきた山崎教授が注目するのは、生活排水の処理に伴って排出されるGHGsだ。
「生活排水に関連したGHGsは、下水処理場や浄化槽で処理される段階で排出されるものと、処理後もしくは未処理で川などに放流された後に排出されるものの二つに大きく分けられます。前者に関しては日本での独自の調査研究が進んでおり、GHGs排出量を算定することが可能となっていますが、後者に関しては研究事例が少なく、正確な算定ができないのが現状です。しかし、これらのGHGsの内、算定対象となるメタン、亜酸化窒素に関して、未処理排水・処理後排水の放流先からのGHGs排出量は生活排水処理分野のうち、32%と大きな割合を占めています。そのため、算定方法を確立することはGHGsの排出を削減するうえで大きな意味があります」
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)では、各国がGHGs排出量を算定するためのガイドラインを発行している。しかし、世界各国で利用されることを前提とした汎用的なものであるため、国によっては設定されている係数が各国の実態を適切に反映できない場合もある。そのため、各国が独自に、より正確な排出係数を調査・利用することが推奨されている。そこで、山崎教授は過去の研究で、浄化槽等生活排水処理施設における正確な排出係数を開発した。温室効果ガスの排出量を分野ごとに細かく報告した「日本国温室効果ガスインベントリ」には、その排出係数が採用されている。そして、山崎教授が次なる目標としているのが、手付かずだった未処理排水・処理後排水の放流先からの排出係数を導き出すことなのだ。

日本独自の排出係数を導き出し、GHGs排出量を正確に算定する

河川におけるGHGs排出の実態を多角的に調査

「農業分野においては、肥料に含まれる窒素酸化物が河川に流入し、GHGsの主な排出源となっています。そして、農業用水の放流直後、その下流にある河川・湖沼、そして河口の3カ所で排出係数が算出されます。一方、排水処理分野における未処理排水・処理後排水は、その内、河川・湖沼と河口の2カ所しか排出係数に盛り込まれていません。しかし、我々の研究によると排水処理施設処理水にも一定のGHGsが含まれることがわかってきました。そのため、排出係数の算定に加える必要があると考えています」
そのように課題を語る山崎教授だが、算定方法を確立する上で考慮すべき点が他にもあるという。
「農業分野の排水に含まれる肥料由来の窒素酸化物は、自然分解により大気中に亜酸化窒素と呼ばれるGHGsを排出します。その現象を基にした排出係数が現在の排水処理分野の未処理排水・処理後排水にも当てはめられていますが、実際は他にもGHGsの排出源があると考えられます。それが、未処理排水・処理後排水に多く含まれるアンモニア態窒素です。未処理排水・処理後排水に含まれるアンモニア態窒素は、硝化反応という生物反応を起こして亜酸化窒素を排出します。その影響も十分に考慮しないと正確な排出量は算定できません。さらに、放流先である日本独特の河川環境も考慮する必要もあります。山が多く急峻な地形のため、日本の河川は海外の代表的な河川に比べて流れが速く、清澄という特徴があります。そのため、溶存酸素濃度や攪拌状態、底泥の状態が海外と異なり、GHGsの排出量にも影響してくると考えられます」
「環境中に放流された排水由来GHGs排出メカニズムの解明と排出量算定方法の検討」というテーマのもと、山崎教授を中心とした研究チームで進められている本研究は、2019年度に独立行政法人環境再生保全機構の環境問題対応型研究に採択された。そして、今年7月に行った中間報告では、A評価を獲得した。
「検討すべき課題は多岐にわたるため、分野横断的な研究が必要になります。そのため、各分野のスペシャリストから若手研究者まで幅広い人選でチームを構成しました。現在、国内の河川をモデルに、フィールドワークからラボでの実験まで、化学、物理から生物学まで、カテゴリにとらわれない学際的な研究を行っています。学生が主体となって進めた研究発表が賞を受賞するなど、着実に成果が出ています」

河川におけるGHGs排出の実態を多角的に調査

メカニズムを解明すれば対策を立てられる

山崎教授の現在の研究対象である排水処理分野の未処理排水・処理後排水をはじめ、各分野でGHGsの正確な排出量を算出できるようになるとどのようなメリットがあるのだろうか? その疑問に対して、山崎教授はこう答える。
「排出係数を正確に導き出すことによって、算定上、GHGs排出量がこれまでよりも増加する可能性もあります。しかし、適切な算定方法を確立させないまま低い数値を報告してもあまり意味がありません。GHGs排出メカニズムを明らかにできれば、改善する方策を検討することが可能になり、それによって排出量を削減することができるようになる。将来的には、我々の研究結果から得られた排出係数を国内だけでなく海外にも浸透させることで、より包括的なGHGs排出削減が可能になることを期待しています。“環境”と言うと、いかにも自然が形作ったもののように思われますが、“住環境”や“職場環境”という言葉があるように、人の周りを取り巻くもの全てが“環境”なのだと思います。現在の地球環境問題も、人間の行動が要因となって引き起こされたものです。しかし、だからこそ人間の知恵と行動で解決できるのではないでしょうか」
パリ協定の目標達成期限は2030年。マイルストーンとして「難しい目標だが達成すべき」と語る山崎教授の目は、10年後を真っすぐに見据えている。

メカニズムを解明すれば対策を立てられる 取材日(2020年10月)
所属・身分等は取材時点の情報です。