東洋大学の萩原喜昭教授(文学部国際文化コミュニケーション学科)が参加する国立天文台の研究者らを中心とする国際共同研究チームによる楕円銀河M87のブラックホールについての研究成果が「Nature」に掲載されました。

地球から5500万光年の彼方、おとめ座銀河団の楕円銀河メシエ87(M87)の中心から光速に近い速さで噴出するジェットと呼ばれるプラズマの流れが示す周期的な変動を、20年以上に渡り蓄積されたデータを調べた結果、ジェットが噴出する方向が周期的に変化していることが突き止められました。スーパーコンピューターによる理論モデルシミュレーションと比較した結果、研究チームは、ジェットが示す変動は、M87の中心にある巨大ブラックホールの自転運動で引き起こされたジェットの歳差運動(首振り運動)によるものであると結論しました。天文学・物理学史上初めて、銀河の中心にある巨大ブラックホールが自転(スピン)している証拠が、世界各国の電波望遠鏡が協力して運用するVLBI電波干渉計による観測で実証されたことになります。

本研究成果は、Cui et al. “Precessing jet nozzle connecting to a spinning black hole in M87” として、英国の科学雑誌『ネイチャー』に2023年9月27日付で掲載されました。本学を入れた国内外の45の研究機関、79名の研究者による国際共同研究の成果です。

論文リンク(英文,English)
DOI: 10.1038/s41586-023-06479-6
URL: https://doi.org/10.1038/s41586-023-06479-6

本研究は、日中韓を中心とした国内外45の研究機関の研究者が協力して得た成果であります。
東洋大学が推進するSDGs目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」を、国際共同研究チームが実践した結果、天体物理学上の未解決問題を解決した例です。
今後も世界の天文学者達は協力して、人類共通の目標である「巨大ブラックホール周辺の物理現象の解明」に対して取り組みます。
東洋大学SDGs特設Webサイト URL: https://www.toyo.ac.jp/sdgs/

関連リンク
詳細については以下のサイトをご覧ください。

国立天文台 プレスリリース:https://www.nao.ac.jp/news/science/2023/20230928-eavn.html
総合研究大学院大学 プレスリリース:https://www.soken.ac.jp/news/2023/20230928.html
EHT-Japan プレスリリース:https://www.miz.nao.ac.jp/eht-j/c/pr/pr20230928

歳差運動する巨大楕円銀河M87ジェットの噴出口 – 巨大ブラックホールの自転運動を示す新証拠

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[図1] 自転する巨大ブラックホールの周りで歳差運動(立体的な首振り運動)する降着円盤とジェットの想像図。ブラックホールの自転軸は図の南北方向に固定されている。ブラックホールの自転軸に対して降着円盤の回転軸が傾いていると、一般相対性理論の効果によってこのような歳差運動が生じる。画像クレジット:Cui Yuzhu et al. (2023), Intouchable Lab@Openverse and Zhejiang Lab. 

東洋大学の萩原喜昭教授が参加し、総勢79名の研究者から構成される国際研究チームは、東アジアVLBIネットワーク(EAVN    *6)をはじめとする観測装置を用いて、楕円銀河メシエ87(M87)の中心から噴出する宇宙ジェットの運動を詳しく観測しました。過去20年以上にわたって得られた多数の画像を分析しまとめた結果、ジェットの噴出方向が約11年周期で一般相対性理論が予言する歳差運動(コマの首振り運動)をしていることを発見しました。本成果は、M87の巨大ブラックホールが自転(スピン)していることを強く示すとともに、強力なジェットの発生にブラックホールの自転が深く関与していることを裏付けるものです。

研究成果は、英国の科学雑誌『ネイチャー』に2023年9月27日付で掲載されました。

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宇宙に存在する多くの銀河の中心には、太陽の数百万倍から百億倍の質量をもつ巨大ブラックホールが潜んでいると考えられています。その一部は非常に活動的で、ジェット(※1)と呼ばれるビーム状のガスを噴出し、「活動銀河核(※2)」として輝いています。こうした巨大ブラックホールの性質やジェットの形成メカニズムは未だ多くの謎が残されており、天文学の最前線のテーマのひとつです。

地球から5500万光年の距離にある楕円銀河M87は最も代表的な活動銀河核の1つであり、2019年にはイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT※3)によって太陽65億個分の質量を持つ巨大ブラックホールが撮影された天体として知られます。2023年4月には、グローバルミリ波VLBI観測網(GMVA※4)によって巨大ブラックホールを取り巻く「降着円盤(※5)」と呼ばれるガス円盤の様子も明らかになりました。こうした観測は活動銀河核の究極のエネルギー源が巨大ブラックホールと降着円盤であることを決定づけるとともに、これらがジェットの形成にも関係していることを示唆するものでした。

研究者の間では、「巨大ブラックホールは自転(スピン)をしているかどうか?」という疑問が引き続き大きな関心事として議論されていました。アインシュタインの一般相対性理論によると、自転は質量とともにブラックホールの基本的性質を決める最も重要な要素です。また近年の理論研究から、強力なジェットの駆動にはブラックホールの自転エネルギーが必要であることが提唱されていました。しかしながら、ブラックホールの大きさや周囲の星の運動などから比較的測定しやすい質量とは対照的に、自転の有無を観測から直接求めることは容易ではありません。

研究チームは今回、東アジアVLBIネットワーク(East Asian VLBI Network: EAVN※6)及び米国の電波望遠鏡ネットワークによって得られた観測データを中心に、過去20年以上に渡って蓄積された170枚にも及ぶM87ジェットの電波画像を分析し、その形状が変化する様子を詳しく調査しました。その結果、ジェットの噴出方向が約11年のサイクルで周期的に変化していることを発見しました(図2)。先行研究では、M87ジェットが噴出方向に対して横方向に揺れる「謎の横揺れ」現象(※7)の存在が示唆されていましたが、その原因や周期の有無についてはよく分かっていませんでした。

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[図2] (上部3つの画像)EAVN等で撮影したM87ジェットの電波画像。2013年?2018年にかけて波長7mm帯で撮影された多数の画像を2年分ずつ平均している。各画像の中心部からのびる矢印はジェットの噴出方向を表す。(下図)2000年?2022年の間で測定されたジェット噴出方向の時間変化。赤色の正弦曲線は測定結果と最もよく一致する11年周期の歳差運動のモデルを表す。

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[図2 論文から(表記には英語含)] (左側2つの画像 a,b)  2000年?2022年の間で測定されたジェット噴出方向の時間変化 (PA:ジェット噴出方向の角度)。赤色の太字曲線は、青色(波長7mm: Q band)と緑色(1cm: K band)の測定データと最もよく一致する11年周期の歳差運動(precession)のモデルを表す。(右図c) 観測者(observer)の方向に投影されたジェット(projected jet axis on the sky)のみかけの変動が、ジェットの軸(jet axis)を中心とした歳差運動(橙色の点線)の結果であることを説明する円錐コーンモデルを表す。
画像クレジット:Cui et al. (2023)

「この発見をした時は身震いしました。」こう語るのは、本研究の筆頭著者であり、大学院生時代に国立天文台水沢VLBI観測所で研究を行ったZhejiang Lab(之江実験室)の崔 玉竹 (ツェイ ユズ) 研究員です。「1?2年分のデータを分析するだけでも大変ですが、それだけでは決して捉えることができなかった変化です。20年以上にもわたる気の遠くなるほどの膨大なデータを1つ1つ丁寧に分析することが今回の新たな発見につながりました。」

このようなジェットの周期変化は何を意味しているのでしょうか?その原因を突き止めるため、研究チームはさらに国立天文台水沢に設置された天文学専用スーパーコンピュータ 「アテルイⅡ(※8)」を用いた理論シミュレーションを行い観測結果の考察をしました。その結果、観測された11年周期のジェット振動は、自転するブラックホールが周囲の時空を引きずることで生じる「レンズ-シリング歳差(※9)」と呼ばれる運動でうまく説明できることがわかりました(図3)。

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[図3] アテルイIIで実施した一般相対論的磁気流体シミュレーションが示した降着円盤およびジェットの歳差運動の様子。初期にブラックホールの自転軸に対して回転軸の傾いた降着円盤を設置し、その時間変化の様子を追っている。カラー図は子午面における密度を表している。一般相対論的磁気流体コードUWABAMI (同研究チームの高橋博之氏が開発)を用いて計算を実施した。画像クレジット:川島朋尚

「レンズ-シリング歳差は、地球ゴマが起こす歳差に似ています。地球ゴマでは傾いたコマに働く地球の重力が歳差運動の引き金になります。今回の場合は、傾いた降着円盤に、ブラックホールの自転による力が働くことでレンズ-シリング歳差運動が起こります。」こう説明するのは理論シミュレーションを担当した東京大学宇宙線研究所の川島朋尚 研究員です。「アテルイⅡを用いてブラックホール自転軸に対して回転軸が傾いた降着円盤の数値シミュレーションを実施しました。すると、レンズ-シリング歳差により降着円盤が観測と同程度の周期でぐるりと回ることがわかりました。そしてシミュレーション結果は降着円盤の動きにつられてジェットも同じように歳差運動することを示しています。」

本研究は、M87の巨大ブラックホールが自転していることを強く裏付けるものです。同時に、ジェットの形成に自転が深く関与しているという理論(※10)を強く支持するものであり、長年研究者を悩ませてきた難問の解決に大きく前進する成果です。

「本成果は、東アジア地域を中心とした世界45の研究機関の研究者がチーム一丸となって長年合同観測を続けてきた末にようやく明らかになったエキサイティングな科学的マイルストーンです。」こう語るのは、EAVN活動銀河核サイエンスワーキンググループの世話人を務める工学院大学 紀基樹 客員研究員です。「シンプルな正弦曲線に見事にフィットした20年以上におよぶ観測データは、ブラックホールとジェット噴流に対する私たちの理解に大きな進展をもたらします。」

崔氏の研究を水沢で大学院生時代から指導し、共に研究を進めてきた国立天文台水沢VLBI観測所の秦和弘 助教は「短期的な研究成果の創出が求められる昨今にあって、今回の成果は長年の地道なデータの積み重ねが大きな発見に繋がることを示す好例といえます。ジェットの強力なエネルギーは周囲の物質にも大きな影響を与えるため、その発生を促すブラックホールの自転の証拠を捉えたことは銀河の形成・進化の歴史を紐解く手がかりにもなるでしょう。」とコメントしています。
本学の萩原喜昭教授は、「これまで予想されてはいたとはいえ、検証されていなかった巨大ブラックホールの自転運動を示唆する観測的証拠を、間接的ながら捉えたのは画期的であるといえます。今後継続する長期間の観測データで、巨大ブラックホールへ周囲の物質が落ち込んでいく時、その自転周期への影響の有無に興味があります。つまり、巨大ブラックホールにモノが落ち込んでそれをエネルギーとする「ブラックホールの食生活」を調べたいと思います。」また、「日本の大学院でサイエンスを学び力をつけた若手研究者(崔さん)が、帰国後に母国で国際共同研究をリードする成長した姿を見て、大学教員としてグルーバルな高等教育の重要性を再認識しました。サイエンス・学問には国境はないのです。」と述べています。
国立天文台の本間希樹 教授は「今後は得られたジェットの形状変化をEHTで得られるブラックホールの動画とも比較することで、ブラックホールとジェットのつながりをさらに詳しく解き明かしたい。」と今後の抱負を語っています。

国内の共同発表機関

自然科学研究機構 国立天文台、(以下順不同)東洋大学、東京大学 宇宙線研究所、総合研究大学院大学、工学院大学、大阪公立大学、茨城大学、山口大学、筑波大学、駒澤大学

謝辞

この研究は、文部科学省/日本学術振興会科学研究費補助金(No. JP18H03721、JP19H01943、JP18KK0090、JP21H01137、JP21H04488、JP22H00157、JP18K13594、JP19H01908、JP19H01906、JP18K03656、JP19KK0081)、文部科学省スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム「シミュレーションとAIの融合で解明する宇宙の構造と進化」(JPMXP1020230406)、他、国際的な支援を受けて行われたものです。すべての支援機関については、論文謝辞をご覧ください。

問い合わせ先                       

東洋大学総務部広報課
Mail:mlkoho@toyo.jp

脚注・用語解説

(※1)ジェット (Jet)
巨大ブラックホールの近傍から光速に近い相対論的速度で噴出する、プラズマガスの流れです。光速の90%以上もの速度を持ち、細く絞られた形状を保ったまま、銀河の外まで伸びていることが大きな特徴です。ジェットは1918年にM87銀河の中心から「不思議な光の矢」として発見されました。どのように巨大ブラックホールの重力を振り切り、ジェットが形成され、光速度近くまで加速されるの解明が大きな課題となっています。

(※2)活動銀河核 (Active Galactic Nuclei)
銀河の中には、中心核の小さい領域が非常に明るく輝くものがあります。これを活動銀河と呼びます。中心には巨大ブラックホールがあり、そこに吸い込まれていくガスや逆に噴出するジェットが明るく輝くと考えられています。

(※3)EHT (Event Horizon Telescope)
EHTは主に波長1.3mm帯で行われる地球規模のVLBIネットワークの名前です。2019年にはM87、2022年には天の川銀河中心について、EHTによって撮影された巨大ブラックホール画像が公開されました。2023年現在、チリのアルマ望遠鏡を含む世界9箇所11台のミリ波望遠鏡がEHTのネットワークに参加しています。

(※4)GMVA (Global Millimeter VLBI Array)
GMVAは波長3.5mm帯で行われる地球規模のVLBIネットワークです。2023年現在、チリのアルマ望遠鏡を含む世界23台のミリ波望遠鏡がGMVAのネットワークに参加しています。

(※5)降着円盤 (Accretion disk)
中心にある重たい天体に向かってガスが引き寄せられて落下することを降着と言います。通常、ガスは回転運動を伴いながら中心の天体へと落下していきます。このとき遠心力によりガスは扁平な構造になっていき形成されるのが降着円盤です。特にブラックホール周囲の降着円盤ではブラックホール近傍の重力エネルギーが解放され、莫大なエネルギーの磁場や光のエネルギーに変換されます。降着円盤で増幅された磁場はブラックホールへと運ばれることでジェット形成に大きな役割を果たしていると考えられています。また、莫大なエネルギーが光として放たれることで、降着円盤を伴う巨大ブラックホールは活動銀河核として観測されています。

(※6)EAVN (East-Asia VLBI Network)
日本・韓国・中国・タイをはじめとする東アジア・東南アジア地域の電波望遠鏡で構成される超長基線電波干渉計(VLBI)のネットワークです。2023年現在、計16台の電波望遠鏡がネットワークに参加しており、4.5cm帯・1.3cm帯・7mm帯の3つの観測バンドを中心に運用されています。最大基線長は中国ナンシャン-小笠原間の5100kmです。本研究で行った観測には、計13台の電波望遠鏡(水沢、入来、小笠原、石垣、日立、高萩、野辺山、ソウル、ウルサン、タンナ、セジョン、上海、南山)が参加しました。また、一部のEAVN観測にはイタリア(メディチーナ、ノート、サルディーニャ)及びロシア(バダリー)の電波望遠鏡も合同観測に参加しました。

(※7)
ジェットの噴出方向に沿った方向に流れの様子が変化することは、以前からよく知られていました。

(※8)スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」
国立天文台水沢キャンパスに設置された天文学用のスパコンの名称。平安時代の奥州の英雄アテルイに因み、「勇猛果敢に宇宙の謎に挑んで欲しい」という願いが込められています。
理論演算性能は 3.087 ペタフロップス( 1 ペタは 10 の 15 乗、フロップスはコンピュータが 1 秒間に処理可能な演算回数を示す単位)で、天文学の数値計算専用機としては世界最速です。

(※9)レンズ - シリング効果/歳差(Lense-Thrring効果/歳差)
自転する天体(ブラックホールや地球など)の周囲では、一般相対性理論的な効果により、天体の自転に引きずられて時空そのものが回転します。この時空の引きずり効果をレンズ-シリング効果と呼びます。このレンズ-シリング効果によって起こる歳差運動がレンズ-シリング歳差です。歳差運動とは物体の回転軸がすりこぎのように円を描きながら揺れる現象です。降着円盤の場合、降着円盤の回転軸とブラックホールのスピン軸が傾いているときにこの現象が起こります。

レンズ-シリング歳差はブラックホールのような極限的な強重力天体に限らず、地球のような弱い重力天体の自転によっても起こります。例えば2000年代にはNASAとスタンフォード大学により打ち上げられた衛星 「gravity probe B」 に搭載されたジャイロスコープによって、地球の自転による微弱な時空の引きずりによる歳差運動の様子が理論予測の15%の範囲内で検証されました。

(※10)ブランドフォード - ズナエック機構(Blandford - Znajek機構)
相対論的ジェットの加速機構は、ジェットがM87で初めて観測された1918年から100年たった現在も解明されていません。現在のところ、加速機構の最有力候補となっているのがブランドフォード・ズナエック機構です。これは、ブラックホールの自転のエネルギーを磁場を介して引き抜く機構で、光速の99%以上にまでジェットを加速する可能性が高いことが理論的に示唆されています。ブラックホールが自転していることが必要になるので、天体の自転を必要とするレンズ-シリング歳差の証拠を今回の観測により掴んだことで、ブランドフォード・ズナエック機構が起きている可能性が高いことが裏付けられました。

SDGsの目標

  • 17.パートナーシップで目標を達成しよう

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