INDEX

  1. 「隠れた飢餓」の解決に一歩近づいた。 世界初・化学的アプローチで穀物の栄養吸収率を改善
  2. 研究成功の秘訣とは。 カギは「垣根を超えた連携」にあった?
  3. 他の穀物への展開など、 大きな可能性を秘めた今回の研究成果。 今後の展望に迫る

INTERVIEWEE


赤羽根 健生
AKABANE Tatsuki
博士(生命科学)。2025年3月、東洋大学 大学院 生命科学研究科 博士後期課程修了。2026年4月より、理化学研究所 計算科学研究センター HPC/AI駆動型医薬プラットフォーム部門 創薬化学AIアプリケーションユニット 学振特別研究員PD。


廣津 直樹
HIROTSU Naoki
東洋大学 生命科学部 生物資源学科 教授
博士(農学)。専門分野は作物学、植物生理学。東北大学卒業後、独立行政法人農業生物資源研究所を経て、2010年4月より准教授として東洋大学へ着任。2018年4月より現職。


加藤 悦子
KATOH Etsuko
東洋大学 食環境科学部 食環境科学科 教授
博士(工学)。専門分野はタンパク質科学、構造生物学、NMR分光学。東京工業大学より学位取得後、独立行政法人農業生物資源研究所・農研機構を経て、2022年4月より現職。

「隠れた飢餓」の解決に一歩近づいた。 世界初・化学的アプローチで穀物の栄養吸収率を改善



──改めまして、『Nature Food』への論文掲載おめでとうございます。
今回の研究について、その背景と概要を教えていただけますでしょうか。


赤羽根:ありがとうございます。まず研究の背景として、穀物を主食とする国や地域では、鉄や亜鉛などのミネラルが慢性的に不足しやすいという課題があります。カロリーは十分に摂取できていても、特定の栄養素が不足している状態は「隠れた飢餓」と呼ばれ、鉄が不足すれば貧血になったり、亜鉛が不足すれば免疫機能が低下したりとさまざまな健康問題につながります。

その要因の一つが、コメやコムギに含まれる「フィチン酸」です。フィチン酸は鉄や亜鉛などのミネラルと結合する性質を持っているため、ヒトが本来吸収できたはずの鉄や亜鉛が吸収されにくくなってしまっているのです。そこで、今回の研究ではこのフィチン酸の合成に関与しているINO1(イノワン)というタンパク質に着目し、その働きを阻害する手法を開発しました。

廣津:栄養吸収率を高めるために、フィチン酸を低減させる方法はこれまでも広く研究されてきました。これまでは変異体や遺伝子組換えなどによるアプローチが主だったのですが、発芽や生育に悪影響があるという副作用が課題でした。一方、今回の発見では稲が生育して穂ができた後にスプレーで薬剤をかけ、INO1の働きを阻害することでフィチン酸を減らすという化学的アプローチをとっています。これによって副作用が抑えられ、より実用化に近づくことが期待されます。


──研究に着手したきっかけを伺えますか。

廣津:これまで私の研究室では、コメの収量向上と栄養吸収率の改善という二つのテーマを軸に研究を行ってきました。その過程で、フィチン酸が合成されるタイミングや、フィチン酸の量を決めるカギとなるタンパク質がINO1であることも突き止めていました。

赤羽根:私は学部生の時に廣津先生の研究室に入り、最初はコメの収量を増やすための研究を行っていました。博士課程に進学する際、博士後期課程学生への支援事業である次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)への申請をすることになり、もう一つ研究テーマを設定して既存のテーマと対比させようと考えました。そこでたどり着いたのが、フィチン酸を低減させる薬剤開発という研究テーマだったのです。
 

研究成功の秘訣とは。 カギは「垣根を超えた連携」にあった?



──今回、他分野の技術を応用することで、薬剤を開発されたと伺いました。

赤羽根
:その通りです。INO1の阻害剤となる化合物を探すため、食環境科学部の加藤先生ご指導のもと、ヒト向けの薬剤開発でよく用いられる「フラグメントベース創薬」という手法を用いました。非常に小さくてシンプルな化合物の断片を手掛かりに、タンパク質(INO1)にうまく結合するものを探し出し、有望な化合物が見つかったらそれを基により複雑な構造へと育てていく手法です。

加藤:私は、このフラグメントベース創薬の手法開発を10年以上行ってきました。よいターゲットがあれば植物にもぜひ試してみたいということを廣津先生とお話していたところ、赤羽根さんがちょうどこのテーマに興味を持ち「フィチン酸を低減させる薬剤開発のためにフラグメントベース創薬を応用する」という方針が生まれたのです。

廣津:もともとヒト向けの薬剤開発で使われていた手法が、植物にもうまく応用できたという発見はとても画期的なものです。この研究成果をきっかけに、さらに穀物向けの薬剤開発研究が発展していくことを期待しています。


──今回の研究の成功のポイントは何だったのでしょうか。

廣津:フラグメントベース創薬がよい例ですが、科学においては、一つの分野だけで研究を進めるには限界があるため、他の分野との連携が重要になってきます。今回は赤羽根さんがハブとなり、各共同研究先と連携しながら研究を進めたことが成功のポイントの一つだったと思います。

加藤:そうですね。廣津先生は生命科学部に、私は食環境科学部に所属しています。まさに、学部の垣根を越えてコラボレーションが行われたプロジェクトと言えるでしょう。

また、今回の研究では、赤羽根さんがそれまでの研究で実験技術を習得していたため、タンパク質の精製・結晶化などのプロセスがとてもスムーズに進みました。このレベルの高度な研究を、実質2年程度で成し遂げたというのは非常に速いスピードです。そこには、周りの人の研究を常に観察し、いろいろなことを吸収しようとする赤羽根さんの姿勢も活きているのではないかと思います。

廣津:周囲からの助言をかならず次に活かすことも彼の長所ですね。学部生の頃から、非常に大きく成長したと思います。

赤羽根:ありがとうございます。先生方のご指導のおかげです。
私としては、SPRINGをはじめとする東洋大学の学生への支援制度が非常に手厚く、そういった制度を活用できたことも今回の研究成果につながったのではないかと感じています。

修了する3か月ほど前に論文を投稿し、そこから丸々1年ほどかけてデータを追加したり、修正を行ったりしていたので、やっと受理されて掲載が確定したときは心底ほっとしました。卒業後だったので先生方とはメッセージ上でのやりとりでしたが、心から喜んでくださっているのが文面から伝わってきました。

論文が掲載されたNature Food誌とINO1の立体構造モデル

 

他の穀物への展開など、 大きな可能性を秘めた今回の研究成果。 今後の展望に迫る



──今後の研究の展望をお聞かせください。

赤羽根:今回見つかった化合物は、このまま実用化できるわけではありません。さらに複雑な化合物の構造をデザインするための「足掛かり」のようなものです。フラグメントベース創薬では、分子量が小さい化合物を用いるため薬剤の活性も弱く、現状ですとフィチン酸の減少率が30%から40%に留まっています。栄養吸収という観点ではフィチン酸の量をゼロに近づけることが望ましいので、より効果の高い薬剤のデザインが今後の課題だと考えています。

さらに安全性の問題をクリアしなければならず、実用化までにはまだ時間がかかりますが、ゆくゆくは実際に食糧問題の現場で活用されるようになればと思っています。

廣津:INO1はコメ以外にもさまざまな穀物が持っているタンパク質なので、今回の発見は他の穀物にも応用できる可能性があります。コムギやマメ類など、土地や文化によって主食となる穀物は異なりますので、今回得た研究の成果を他の穀物にも展開できれば食糧問題の解決に大きく寄与することになるでしょう。

加藤:また、タンパク質にもさまざまな種類があります。今回はフィチン酸の生合成に関わるタンパク質をターゲットにしましたが、他にもよい標的タンパク質が発見されれば、例えば「かけるだけでたくさん収穫できる薬」などもつくることができるかもしれません。今回の手法がきっかけとなって、さらに研究の幅が広がっていくことを期待しています。
 
 

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