Q.教員としてご自身の専門分野を踏まえ、「研究者として研究」することの意味とは?
アカデミズムと実務の架け橋となる
経済学というのは経済現象や人間行動に関する科学ですから、もともと現実が先行して、それを理解するための説明を考えるという宿命がありますが、私が専門とする金融論は、とりわけ現実の変化するスピードが速い分野だと思います。一方で、金融は政策やビジネスの実務とアカデミックな研究の距離が比較的近いということも、もう1つの特徴だと考えられます。私は長年、政府系の銀行に所属する研究者として仕事をしてきた立場もあり、純粋なアカデミズムの方と、純粋な実務の方の両方に理解してもらえ、かつ参考になる知見を生み出すことが研究者としての存在意義であるという思いで研究に取り組んできました。実務の知識は当然現場にいる方に逆立ちしてもかなわないわけですが、日々の目まぐるしい変化から距離を置き、透徹した科学の目を通して初めて見えてくる世界というものがあるはずで、それが「研究者として研究」することの理想だと思います。
Q.教員としてご自身が、研究者になった経緯をご紹介ください。
経済学に魅了されて
小さい頃からどういうわけか数理的に物事を解明していくことに興味があって、スポーツの記録とか音楽のチャートとか色々なデータを自分でノートにつけて自己流で分析しているような妙な子供でした。それで大学で経済学というものに出会い、これこそ自分の求めていたものだと膝を打ちました。しかし、大学院に進んで研究者として勝負するといった自信はなく、アカデミックな研究所を持つ政府系の銀行に就職することにしました。そこで社会人留学として改めて大学院の修士課程で勉強する機会をいただき、自分より年下の優秀な研究者の卵たちと出会ったことで、研究を通じて組織や日本経済に貢献したいという決意が固まりました。本学に着任するまで、その銀行には調査部門や研究所を中心に30年以上もお世話になり、大学で活躍されている先生方とは少し違った形ですが、研究活動に取り組むことができたのは本当に恵まれていたと思います。
Q.教員としてご自身のご専門分野について、現在までにどんなテーマを研究されているのかご紹介ください。
金融実務に根差したリサーチクエスチョン
研究者生活のほとんどを政府系銀行の研究所で過ごして来ましたので、研究テーマも自ずと本業である事業金融に関連し、かつ実務上も重要な企業の財務データを用いた実証研究が中心となりました。例えば、企業の設備投資の振興は政策金融の重要な目的の1つであり、私が所属した研究所の名前は「設備投資研究所」でしたから、企業の設備投資関数に関する研究には長く取り組みました。特に、通常のトービンのq型の投資関数を拡張し投資対象による異質性(Heterogeneity)を明示的に考慮できるMultiple qモデルには力を入れました。私が社会人になったのはちょうど日本のバブル経済のピークに当たる1989年で、日本企業が世界を席巻していた絶頂期からその衰退の過程を銀行員として目の当たりにすることになりました。そこで、非効率な企業を金融機関が延命するゾンビ企業の問題や、優良企業が過度に保守的な投資財務行動をとってグローバル競争に立ち遅れる、といった金融実務に根差した研究テーマにも取り組んでいます。当初はあまり先行研究もない状態でしたので、素朴でも日本の実態に合ったフレームワークを開発することに注力してきました。
Q.研究者として、つらかったことや、嬉しかったことは?
一喜一憂せず、いま自分にできることを着実に積み上げる
研究は、色々と構想している段階では夢が膨らんで楽しい面もありますが、実行段階に入ると、思うようなデータは入手できず、入手したデータは使いにくく、推計にこぎつけたが意味のある結果が出ず、英語の文章はうまく書けず、学会では厳しい批判を受け、投稿してもリジェクトされる、と苦しいことの連続です。それでも続けてしまうのは、研究によって、ほんの少しでも何かを解明することが好きなのだと思います。そういう経験を他の研究者と共有できたときは心が和みますし、研究者でも一般の方でも自分の研究に興味を持ってくださる方がいたときはとても勇気づけられます。でも、そうしたことに一喜一憂しないで、いま自分にできることを着実に積み上げることが何より重要だと自分に言い聞かせて取り組んでいます。
Q.大学院で学ぶことの魅力とは?
本物の専門知を学び、新たな専門知を生み出す現場に参加する
私は社会人留学という形でしたが、大学院に進学して最初に感動したのは、学部時代には想像の世界でしかなかった、「科学」としての経済学の体系と実践の場が本当に「そこにあった」という事実でした。学部の授業は、時間の制約や受講者の予備知識に合わせ、既に確立された内容の、それも一部しか扱えないため、どうしても現実の経済で起きていることとの大きなギャップが残ってしまいます。最近で言えば、デジタルエコノミー、脱炭素、感染症の影響などがそうです。しかし、大学院レベルで学ぶ経済学は現実にかなりのスピードで肉薄しており、その上で最新の状況に関する探究がものすごい勢いで行われています。そこでは、専門知を身に付けた院生が教員と対等な立場で議論に参加し、新たな専門知を生み出していくわけです。それが大学院で学ぶことの魅力だと思います。
Q.大学院で学びを考えている受験生にメッセージを一言。
社会科学の専門家として経済社会に貢献する
社会を時代の変化に適合させていくための変革や、企業経営の不断の改善には、社会科学の活用が不可欠です。日本はその意識が欠けていることが大きな弱点になっていますが、それも今後は変わっていかざるを得ないと思います。大学院で学ぶ目的は、必ずしも大学の先生になることではなく、政府や企業などの研究者や実務家として専門知を生かすことも含め、社会科学の専門家として経済社会に貢献することだと捉えると良いでしょう。しかし、漫然と大学院で時間を過ごすだけで、そのような機会がやってくるわけではありません。若い貴重な数年間を大学院に費やすことが自分のキャリア形成にどうプラスになるかをよく考え、修了後の進路まで視野に入れたうえで志してほしいと思います。
プロフィール

氏名:中村 純一(なかむら じゅんいち)
経歴:現在、東洋大学大学院経済学研究科経済学専攻 教授
1989年慶應義塾大学経済学部卒業。
日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)入行。
一橋大学経済研究所准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所副所長などを経て、2022年4月より東洋大学経済学部。
専門:金融論、日本経済、設備投資
掲載されている内容は2022年7月現在のものです。
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