For Alumni スペシャルインタビュー サンボマスター ど真ん中の音を、響かせろ。
スペシャルインタビュー サンボマスター
ど真ん中の音を、響かせろ。
誰にも届かない夜も、観客ゼロのライブもあった。
それでも音を鳴らし続けたのは、学生時代のあの最高の時間が永遠に続いてほしかったから。
ただ夢中で、ただ純粋に、自分たちのど真ん中にある音を信じて。

Profile
サンボマスター
(写真中央)山口 隆 やまぐちたかし(Vo/Gt) 法学部法律学科 1999年卒業
(写真右) 近藤 洋一 こんどう よういち(Ba/Cho) 経済学部経済学科 2002年卒業
(写真左) 木内 泰史 きうち やすふみ(Dr/Cho) 法学部経営法学科(現 企業法学科) 2000年卒業
山口隆(ボーカル・ギター)、近藤洋一(ベースとコーラス)、木内泰史(ドラムスとコーラス)の3人で2000年に結成されたロックバンド。2003年にアルバム『放課後の性春』でメジャーデビュー。2005年にはドラマ主題歌「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」がヒットし、一躍知名度を高める。その後もフェスへの出演や楽曲リリースを重ね、2025年には結成25周年を迎えた。まっすぐな言葉と魂のこもった演奏で、現在も多くのリスナーに支持され続けている。
作詞作曲研究会「JAM」での出会いとサンボマスター結成
近藤 出会いはサークルでした。作詞作曲研究会「JAM」というところ。山口さんが一つ先輩ですよね。
木内 当時、朝霞キャンパスでしたね。よく館下(図書館下)に集まったり、食堂の一番手前の端っこが溜まり場になっていて、そこに行けばサークルの誰かに会えるっていう場所があったんです。
山口 そうそう、木内くんと最初に出会った時なんかね、つまんなそうに居たんですよ。多分明日から来ないんだろうなと思ったら、普通にまた居るんですよね。溜まり場から授業に行くのが大変なんだ。一回行っちゃうと、もう出て行けなくなるから。授業行かない子が居ると、誰かが「これが『JAM』だよね」って。今はそんなことないと思いますけど(笑)。そのサークルには30〜40人くらいの人が居て、先輩後輩関係なく、色んな人とバンドを組んでいたんだけど、三人で組むことは一回もなかったね。
近藤 僕と木内と他の人でやったり、山口さんと木内もありましたけど、三人はなかったですね。
山口 でも当時からすごく仲が良くて、とにかく近藤くんの家にずっと居たことは覚えてる。木内が鍋作ってくれたりとか、帰ってくると近藤くんは居ないんですけど、後輩の子は居て、ギターの練習をしてたりとかね。そういうことが、かなり人生のピークくらい楽しくて、当時からそれが続けばいいなって思ってました。
木内 だから、そういう意味で言ったら、あの頃から今までが全部、地続きなんです。ずっとこの時間が続いたらいいなって思うことを今もやってるだけで、学生の頃から何一つ変わってないんですよ、僕らは。
山口 サンボマスターを結成したのは大学の四年間を終えた後なんです。たとえ5000人ぐらいの前に出ようと、ビビんない人がいいなと思って。それなら、この二人がやっぱいいなって。自分が好きなロックな人達と匂いが似ていると思ったのは間違いない。自分がやりたいんだったらこういう人達とだ、なんて言うと偉そうですけど、そう思いましたね。
近藤 僕はベースを弾いたこともなかったし、持ってもいなかったんです。三人でやろうって決めてから始めましたね。
山口 木内を最初に誘った時は、多分働きながらバンドをやるっていう感じだったと思うんですよね。だから今みたいなことを多分三人とも誰も考えてなかったんじゃないかな。働きながらバンドをやるのがゴール。まあ、その手前ですよね。もうバンド組むのがゴールみたいな感じだから、結構、今までの地続きはずっと地続きじゃないかなと思います。
近藤 そうですね。なんか未だにちゃんとしてない気持ちなんですよ。未だにちゃんとしてない気持ちで生きています。
学生時代のサンボマスター 写真右から近藤洋一さん、山口隆さん、木内泰史さん
観客0人の中、壁に向かって演奏した日
木内 一番最初のライブって友達みんな来てくれるんですよ。40人とか。二回目とか三回目で全く人が来なくなる(笑)。最初は何やってるんだろうっていう珍しい感じで見に来てくれるんですけど、二回目、三回目になると、「あ、結構ライブやるのね」っていう感じで来なくなる。
山口 みんなそれぞれバンドやってるし、お金のない時代だったからね。
木内 その中で俺すごい覚えてるのが、渋谷のライブハウスに出させてもらった時のことなんですけど、その日めちゃめちゃ大雨で。ただでさえお客さんを呼べていなかった時代だったので、雨なんて降ったらお客さん来なくなるんですよ。だから俺たちのライブの時、お客さんが0人の中、前の壁とPAさんに向かってライブしたんですよ。ただ、あれは最高に楽しかったな。
近藤 普通はね、我々のように25年もバンドをやっていると、すごい古参の人がいて、あの伝説のライブ俺見てるよっていう人がいるんですけど、その伝説のライブだけは誰も見てないっていう。本当の伝説ですよね(笑)。
山口 三人だけが見た。目撃した。あれは確かに楽しかったなあ。なんで楽しいんでしょうね。ダメですよね。何かを反省しないとね。楽しかったねえって帰っちゃうんだから。
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学生時代の仲間と25周年を迎えた今、思うこと
木内 25年経って印象に残っている出来事、もちろんいっぱいありますけど、早いなって感じはありますね。僕らの中身がやっぱりあんまり変わってないから、時間だけが経ったというか、あーなんか気がつけばそんなに経ってたんだっていうふうに思います。
近藤 とにかく目指してなかったんですよ。何も。何も目指してないんです。ただただ大学時代の生活が続けば良いなって気持ちだけで生きてきました。
山口 そうそう、ここをやって到達点みたいなことって、多分あんまり三人とも思ってないんじゃないかな。俺たちがそんなふうになるはずないんだからって思ってるんです。
木内 もちろん僕ら三人は全然変わらないんだけど、取り巻く環境は変わったなと思いますね。印象的だったのは、初めての日本武道館公演の発表をしたライブがあったんです。その時、俺たち以上に目の前にいたお客さんや、ずっと応援してくれてる人たちがものすごい喜んでくれたんですよ。それは本当に印象的で。めちゃくちゃ大勢の人たちに支えられてるなっていうのを実感しました。自分たちがどうのっていうよりも、周りの人が喜んでくれたことが印象に残ってます。
山口 本当に色んな人が応援してくれているよね。もちろん新しいお客さんもありがたいんですけど、僕はずっと昔からいらしてくださる、ライブハウスで見たって言ってくれる人。あの二十何年前に見たって方が未だに来てくださったりとか、そういうのは本当に感謝ですよね。 だから箱(会場)の大きさとかよりそっちかな。ずっと聴いてくださる方は本当ありがたいなって思います。
災害復興支援ライブへの想い
山口 その町が好きだから、またライブをやりに行きたい。「支援だ!」とかっていうよりも、この町が好きで、やっぱりやるべきことがあるんだったら、やんなきゃダメでしょ。お客さんとして来てくれてる人がいるとか、その町の人に、お世話になってるからとかっていうシンプルな理由でやっています。
木内 具体的な活動はもちろん、何かグッズを作って、それの収益を寄付したりとかも、もちろんやってますけど、「こういうことやってます」とかって言うのは、ちょっと気恥ずかしいですね。ライブを通じて、皆さんと一緒に心を一つにすることは心がけています。
山口 なんかこう、「励ますぞ!」っていうと、行ってやるぞみたいな感じじゃないですか。そうするとちょっと違うんだよね。俺も行っていいですか、みたいな感覚に近い。
木内 そこの町が好きだったり。あと、そこですごくいいライブをできたことがあったり。それは、そこに来てくれたみんなのおかげだったりするから、じゃあそこに恩返しに行こうか、みたいな感覚ですね。
近藤 山口さんの故郷・福島県会津若松市が大きく被災されてるっていうのもあるので、もう半分くらい自分のふるさとみたいな感覚もあるから。僕らのバンド活動期間25年間に、数多くの災害があった。離れている所で暮らしていると、災害の情報が薄くなっていく。僕らがその街に行ってライブをすると、やっぱり苦労されてる方々がいらっしゃる。現地でライブをすることで、少しでも災害の情報が人の目に触れるとか、思い出してもらうだけでも僕は現地で頑張ってる人たちの力になってるかなと思います。僕らの中では、復興支援の活動も、ライブを全国で続けていることも、そう違いはないんですよね。それを、ただ続けてるって感覚なので。別に謙虚なわけじゃなくて、本当にそういう気持ちです。
山口 なんかやってやるぞっていう感じよりも、自然な活動の一環として。うん、その街が好きだからという言い方の方がしっくりきますね。
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嘘偽りない言葉を届けるために
山口 曲作りで気をつけているのは、なるべく嘘がないようにしようということですね。周囲を気にして曲を作っていると、自分の意見よりも周りの意見を気にしてしまうことがあるので、そうじゃない方がいいんですよ。例えば「I love you」って言った時に、「I love you」って言うと微妙な感じだなという空気が三人を包んだらうまく言えないから、そういうのが全くない状態で、大きい声を出して「I love you!!」って言えた方がいい。今の本当の気持ちを言ってる気分です。本当に思ってることとか、本当にこの鳴ってる音から出てくるのを大事にしてますね。あとは、この三人じゃなかったら、今ある歌詞だったかどうかわからないです。二人からは隠さない方が良いです、やめない方がいいんですって、よく言われます。
近藤 山口さんは、自分で引っ込めちゃったりするんですよね。もっとむき出しなものは、一緒にやってる人がいないと、自分で判断できないことは多いと思います。
木内 やっぱり、先鋭的であってほしいというか、純粋であってほしいというか、ちゃんとマグマがど真ん中にあるんだから、その中心に近いものを見つけたいというか、この言葉は本当はこういうことなんじゃないかっていうのに辿り着きたいなって思いながら、曲を作ってる感覚です。
近藤 やっぱり大変だと思いますよ。今の時代求められることが多いじゃないですか。一緒にやってる会社の人とかもそうですし、ファンの人もそうなんですけど、その中で、本当の本当っていうのを引っ張り出してくるのは、結構大変だと思うんですよね。でも、それは歌とかだけじゃなくて、自分の演奏とかもそうですもんね。自分をよく見せようと思って作ったものほど邪なものはないので、嘘偽りないように、ということは気をつけています。
挫折を挫折だと感じないほどに夢中だった
近藤 僕らは皆さんにそんな教訓めいたことは言えないですけど、俺たち単純に挫折していることに気づいてなかっただけだと思うんですよね。
山口 なるほど。未だに気づいてないってことですね。自分たちの挫折に。
近藤 ライブをやって、お客さんが0人だったら将来のことを考えるじゃないですか。人から見たら多分挫折なんですよ。でも僕らはそういうことより、音楽に夢中だっただけなんじゃないかな。
木内 そうだね。努力を努力と思わなかったなっていうのは確かにあるかもしれない。当時、就職して働いていたんですけど、各地の色んなバンドマンがライブに呼んでくれて。車を運転して行くんですけど、土曜日にライブやって、日曜日の夜中に帰ってきて、朝そのまま仕事行ったりしてたんですけど、それを「努力してるな俺」とは思ってなかったです。普通に楽しかったからやってた。
山口 本当に挫折に気づいてないんですよ。僕らは僕らで、未だに挫折に気づいてない。自分たちが好きなことだからやっていることだけど、もしかしたら人様から見たら努力と言われるのかもしれないです。
近藤 だから、たまに芸能系の仕事をされている方からインタビューされると、下積み時代とか聞かれますもんね。下積みも何もないっていうか(笑)、ずっと変わってないですね。
山口 変わってない。そうそう、だってあの時もライブハウスに出してもらったし、今でもライブハウスに出してもらうわけですから。だからずっと一緒です。
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卒業生へのメッセージ「好きなことを見つけるために」
山口 この二人と出会ってなかったら、少なくともこうやって暮らせてたかどうかわかんない。音楽は好きだったろうけど。こういう好きなことを探すにはどうすればいいかってことですよね。でも、みんなに「毎週のようにレコード買いに行きましょう」って言えないじゃないですか(笑)。
近藤 山口さんは毎日のようにCD買ってましたよね。30年経っても未だに毎日のようにレコード買ってるんですよ。本当に今も昔も全く一緒なんですよね。
山口 自分から好きなことを探しているってよりかは、ロックンロールの方が探しに来てくれたみたいな感覚があるんです。それが僕はたまたまロックンロールだったけど、二時間ドラマのサスペンスにめちゃくちゃ詳しい人がいたら、それもいいですよね。うわ、すげえなっていう。
木内 ただ、縁はでかいと思いますよ。だって、僕もこの二人と出会ってなかったら、今バンドやってないですから。
近藤 本当にそうですね。当時僕がこの東洋大学のサークルの「JAM」に入ったのもたまたまでした。僕はあまりにも大学生活の自由さにタガが外れて、履修登録もちゃんとやらなかったんですよ。四月中旬ぐらいに、そろそろ大学の情報を集めに学校に行った方がいいなと思ったんですよ。そしたら連休で大学に誰もいないんですよ。人生で初めて、これはやばいと思って。なんとかして誰かに聞かなきゃいけないと思っていたら、休講掲示板の前にポスターが張ってあったんですよ。そこにアメフト部、その隣に作詞作曲研究会「JAM」っていう張り紙が張ってあって。どっちに連絡するか迷って、作詞作曲研究会「JAM」に電話したら、五月三日に新入生歓迎会があるからおいでって言われて行って、そこで山口さんと木内に会ったんですよ。
木内 縁だね。
近藤 これが運命って言ったらかっこつけすぎなんですよ。今だから運命って言えるんだけど、当時はただのたまたまでしかないんですよ。自分自身の出発点となる、一番最初のパワーっていうか、マグマっていうか、そういったものをいかに自分自身の中で大切に守っていくかっていうことは大事だと思います。
Interview Movie
インタビューの様子を動画でもご覧いただけます。
鈴木くん
学生が
サンボマスターに質問!
Q&A
相澤くん
| Q1. 自分自身の曲に自分自身が 救われたことはありますか? |
木内さん それはありますね。自分で演奏していて、歌詞が改めて身に染みたり、その時に見える景色がすごく心に残ったりすることがあります。ライブのここに、この曲を置くというのにも意味があって、その瞬間にお客さんの反応が返ってくると、本当に嬉しいです。色んな方と話す機会の中でも、「あのライブのあの曲がすごく良かった」と言っていただけることもあって、「また頑張ろう」と思えることは本当に多いですね。 |
|---|---|
| Q2. 音楽をやっていなかったら、 どんな人生を送っていると思いますか? |
山口さん 音楽をやっていなかったら、近藤くんはすげえ出世したと思うよ。 近藤さん まあ何かしらそういうクリエイティブというか、何かやりたいっていう人へのサポートとかができたら嬉しいなと思いますけどね。 |
| Q3. ライブ中でこれはやばいと 思ったハプニングはありますか? |
木内さん 十数年前に福島での大きいフェスで、僕がある曲のカウントを始めて、普通に演奏が始まったんですけど、ライブのセットリストにその曲が入ってなかったんです。何十秒か経った時に気づいたけど、2人は普通に演奏してるんですよ。 山口さん あれは何か大きなものに動かされてるような凄さを感じました。 木内さん そのライブ以降は、曲が飛んだり、曲順間違えたりしても全く動じなくなりました(笑)。 |
サンボマスターの公式HPはこちら
https://www.sambomaster.com/