INDEX

  1. 本能行動さえも変えてしまう?ホルモンの神秘的な働き
  2. 幅広い役割を持つ「女性ホルモン」を知ろう
  3. 健康は、身体の“見えない部分”まで意識を向けて

INTERVIEWEE

金子(大谷)律子

Ritsuko Ohtani-Kaneko

東洋大学 生命科学部生命科学科 教授
医学博士。専門分野は、脳神経科学、神経科学、神経解剖学・神経病理学。東京大学理学部動物学教室卒業、同大学理学系研究科動物学専攻修士課程修了。山形大学、カナダ・アルバータ大学、聖マリアンナ医科大学を経て、2006年より現職。主な論文に、Oda et al. Involvement of IGF-1R-PI3K-AKT-mTOR pathway in increased number of GnRH3 neurons during androgen-induced sex reversal of the brain in female tilapia. Scientific Reports (2022年2月)など(東洋大学研究者データベース.)。一般向けのホルモン解説書として「ホルモンのはたらき パーフェクトガイド」(キャサリン・ウィットロック/二コラ・テンプル 著, 金子(大谷)律子 日本語版監修; 日経ナショナル・ジオグラフィック社)。 

▶東洋大学入試情報サイト「TOYOWebStyle」で金子先生のWeb体験授業の動画コンテンツをご覧いただけます。
動画で見るWeb体験授業「脊椎動物間の脳の柔軟性の違いを魚と哺乳類でみる」

本能行動さえも変えてしまう?ホルモンの神秘的な働き


    
――まずは、金子先生のご専門について教えてください。
「神経生物学」という学問領域を専門にしています。神経生物学の領域はとても広いのですが、私は主に脳の発達に関する研究を行っています。中でも「卵巣や精巣から分泌される性ステロイドホルモンが脳にどのような影響を与えるのか」は、重点的に調べているテーマの1つです。

性ステロイドホルモンは、胎児の生殖腺や外性器が男性型・女性型のどちらになるかという性分化の過程に影響を及ぼしています。性分化は身体的なものだけと考えられやすいですが、実は脳にも性分化は起こっています。この脳の分化と発達にも、性ステロイドホルモンが関連し、生殖に関する体の調節や物事の感じ方や考え方に影響を及ぼすと言われています。このように、脳の働きとホルモンの結びつきを調べるのが、私の研究の1つの大きなテーマです。

――精巣や卵巣などから分泌される物質が「考え方」や「嗜好」に影響を与えているのですね。

多くの動物は「脳」を持っていますが、それぞれ大きさや発達している部位は異なりますし、同じ種類の動物でもオスとメスで違いが明瞭な脳部位があります。また、哺乳類では出生前後に脳のオス型・メス型が決まり、それ以降脳の性転換は起こりませんが、様々な種類の魚では成魚になってからも生殖腺と脳の性転換が可能です。

例えば、私が研究しているティラピアという魚は、オスは巣穴を掘って産卵に備え、メスは保育を行うという性ごとの役割分担があります。しかし、メスの魚に雄性ホルモンを注射すると、オスのように巣穴を作るようになるのです。この行動には、脳の特定の部位で神経細胞の一群が変化し、オスの脳の特徴に近づいているという背景があることが分かりました。生殖行動、つまり本能行動まで変えてしまうのがホルモンと考えると、とても神秘的ですごいことですよね。
   

幅広い役割を持つ「女性ホルモン」を知ろう


    
――金子先生は、性ステロイドホルモンと脳の影響を中心に研究されているとのことですが、そもそもホルモンとは何なのでしょうか。

ホルモンとは、体内の細胞で生成され、血流によって全身を巡り、特定の器官や細胞に対して作用する分子のことを指します。ただ現在は定義がもう少し広くなって、細胞から分泌された後、血流に入らずに周りの細胞や自分自身に影響する分子もホルモンに含めています。

文系・理系にかかわらず、中学校や高校の授業でホルモンについて習ったことがあると思います。「甲状腺からは甲状腺ホルモンが分泌される」「すい臓からはインスリンが分泌される」というように、内分泌器官とホルモンを暗記した方が多いのではないでしょうか? 

もちろん、教科書で覚えるのは代表的な例ですし、覚えて損はありません。しかし、実際には、心臓や消化管からもホルモンが分泌されています。体内ではさまざまな細胞がホルモンを作りますし、そのホルモンをキャッチする受容体をもつ器官・細胞もさまざまです。つまり、ホルモンとは「体のいろいろな器官の細胞から分泌されて、受容体をもつ細胞へ情報を伝達し、機能の調節を行う物質」といえます。

――中学校や高校で習った知識が誤りなのではなく、教わったこと以上に多くのホルモンやホルモンの受容体が存在しているということですね。

その通りです。性ステロイドホルモンの1つであるエストロゲンは主に卵巣でつくられますが、脳でも合成されます。またエストロゲンの受容体は脳や子宮や皮膚の細胞などいろいろな細胞がもっていて、エストロゲンは色々な作用をすることが知られています。エストロゲンは、「女性ホルモン」とも呼ばれていますので、学校で習っていなくても、女性ホルモンという言葉にはなじみがありますよね。女性ホルモンは、先ほど述べたように胎児のときの性分化に影響するだけでなく、主に以下のような役割を担っています。
<エストロゲン(女性ホルモン)の役割>
【胎児】
・生殖器の発達など、生殖器系の性の分化
・(胎児の精巣で作られた男性ホルモンが女性ホルモンに変化して)脳の性分化を促す

【思春期以降】
・女性的なからだづくり
・排卵の命令
・肌の水分量の維持
・皮脂の分泌を抑制
・妊娠の維持
・骨粗しょう症の防止
など
――なんとなく「女性らしさ」を作るホルモンかと思っていましたが、とても幅広い役割を担っているのですね。

一般的に40~50歳頃に訪れる更年期では、エストロゲンの分泌が低下することで、体調不良や過剰な発汗を起こしやすくなったり、精神的に不安定になったりします。いわゆる更年期症状ですね。女性ホルモンは、脳内のニューロンの生存やニューロン同士を連絡する「シナプス」の形成にも関係しています。そのため、更年期に入り、女性ホルモンの分泌が減ると記憶力が低下するという現象も起こると考えられています。

――メディアなどでは、「女性ホルモンが多いほど穏やかな性格で、男性ホルモンが多いほど攻撃的な性格になる」という定説を目にしますが、それは本当なのでしょうか。

ある特定の一人を対象に、例えば性周期の中で性格が穏やかになるタイミングと、少しイライラするタイミングがあり、そうした心身の変化に女性ホルモンや卵巣から分泌されるもう1つのホルモン(プロゲステロン)が関係している、というのは正しいと考えられます。しかし、一人に当てはまったとしてもすべての人に当てはまるわけではありませんし、女性ホルモンや男性ホルモン等の分泌量には個人差がありますので、ホルモンの量と性格の関連性を導き出すのは難しいです。

ちなみに、女性ホルモンは男女問わず体内に存在します。「女性の体内には女性ホルモンしかない」「男性の体内では、男性ホルモンしか分泌されない」というのは誤りですね。また、大豆イソフラボンが女性ホルモンと似た働きをするというのは有名な話ですが、これは大豆イソフラボンやその派生物がエストロゲン受容体と結びつくためです。とはいえその効果には個人差がありますので、大豆イソフラボンを摂取したことでどのような変化があるか、自分には効果があるのかなど、自分自身を観察してみるとよいですね。

ホルモンに関する「あるある」は、他にも「『ゴールデンタイム』である22時~26時にしっかり睡眠すると、成長ホルモンの分泌に好影響」というものがありますね。研究がそれほど進展していなかった当初は正しいとされていましたが、現在では時間帯に限らず、睡眠状態になってから2~3時間程度、深いノンレム睡眠に入ってからが最も成長ホルモンが分泌されると判明しました。

このように、過去は正しいと言われていたことでも近年になって誤りと訂正されたケースや、ある人の主観によって発信された情報が定説として根付いているケースも多々見られます。ホルモンの分泌は、遺伝やその時々の個人の状態によって大きく変化します。女性ホルモンと関連の強い、女性の月経を例にしても、症状の重さや精神的な安定感、月経期間は人それぞれです。「昔言われていたことは、現在の当たり前ではない」「誰かの“普通”は、自分の“普通”ではない」ということを頭の片隅に置くことが大切です。

――高校時代に泌乳ホルモンと習ったオキシトシンも、最近になって新たな作用が分かったホルモンだと聞きました。

オキシトシンは、出産後の乳汁分泌を促したりする作用があるとされていました。しかし、近年の研究で、親子や恋人、ペットなどとの信頼感や愛情の形成にも関係しているとわかってきたのです。「イヌとその飼い主が触れ合うことで、互いのオキシトシンが分泌される」という論文が発表されたときは、ニュースでも話題になりました。今では、「親子の愛着形成」や「絆の形成」にオキシトシンが関係している考えらえています。ホルモンは種類も作用も多いため、これから分かってくることもたくさんあると思いますよ。
    

健康は、身体の“見えない部分”まで意識を向けて


    
――ホルモンが体内でいろいろな働きをしていることで、私たちの健康が維持されているのだと分かりました。ホルモンの分泌が好調であること、また不調であることを確認する方法はあるのでしょうか。

ホルモンの働きは、「縁の下の力持ち」のようなものだと考えています。つまり、普段は目立たず、私たちの身体を影で支えている存在です。ホルモンの量が減ってしまったり、増えたりすることで身体のどこかに影響が出て、その影響を自覚したときに初めて「ホルモンバランスが乱れている」と気づくのです。

例えば、すい臓で生成されるインスリンは分泌が異常値になるまで影響を自覚することが難しいホルモンの一種です。血糖値を下げる効果がありますが、インスリンの分泌が減ってしまうと血糖値が上がってしまい糖尿病の発症につながります。反対に、インスリンの分泌が増えると血糖値が下がりすぎてしまい、低血糖症を引き起こします。

一方で、成長ホルモンなどは、大人から見た子どもの身長の伸びなどで比較的影響がわかりやすいホルモンです。成長ホルモンが要因でないこともありますが、成長が著しい場合や緩やかな場合に気付くことができますね。ホルモンバランスについて不安になった場合は、医療機関に相談して血中のホルモン濃度を測ってもらうと良いかもしれません。

――では、自分の体調や身体に大きな変化を感じなければ、ホルモンバランスは整っていると認識して問題ないということでしょうか。

身体の状態に「絶対」はないので、必ずとは言い切れませんが、ある程度は問題ないと考えて良いと思います。よく眠れて疲労感も少なく、体重にも大きな増減がなく、肌にツヤがある状態であれば、正常なバランスの範囲内にあるのではないでしょうか。

もし不調を感じて、生活スタイルを見直し改善を目指そうとするときには、自分の身体と向き合うことが最も重要です。体調と関連付けてホルモンのことを意識し、自分の健康や体調管理について考える人がもっと増えてくれるとうれしいですね。
   

この記事をSNSでシェアする