INDEX

  1. 現代学生百人一首に映る、「若者のリアル」
  2. 万葉集から今に続く、短歌創作の秘訣
  3. 短歌は“マラソン”のようなもの――詠み続ける醍醐味とその楽しみ

INTERVIEWEE


高柳 祐子
TAKAYANAGI Yuko

東洋大学 文学部日本文学文化学科 准教授
博士(文学)。専門分野は和歌文学、中世文学。論文に「甘露寺親長の歌会 ――室町和歌史一面」(国語国文86巻11号)、「歌人式子内親王の揺籃期をめぐって」(和歌文学研究106号)など。第33回より東洋大学「現代学生百人一首」選考委員、第34回から選考委員長を務める。

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日本の伝統文化を知る − 「歌会始」をめぐって −



中川佐和子
NAKAGAWA Sawako

歌人。歌誌『未来』編集委員・選者。早稲田大学第一文学部日本文学科卒業。NHK学園短歌講座専任講師を務め、著書に『初心者にやさしい 短歌の練習帳』、歌集『海に向く椅子』『春の野に鏡を置けば』『花桃の木だから』など。



坂井修一
SAKAI Shuichi

歌人。歌誌『かりん』編集人、現代歌人協会副理事長。東京大学大学院情報理工学系研究科電子情報学専攻教授・東京大学附属図書館館長・同大学副学長を務める。博士(工学)。専門は計算機システムとその応用。主な歌集に『ラビュリントスの日々』『アメリカ』『望楼の春』など。
   

現代学生百人一首に映る、「若者のリアル」


  
――まずは、「現代学生百人一首」の概要について教えてください。

高柳 
「現代学生百人一首」は、東洋大学が1987年に創立100周年を迎えた際、「百」にちなんだ記念行事の一つとして始めた短歌コンクールです。毎年、国内外の学生を対象に、「現代学生のものの見方・生活感覚」をテーマにした短歌を募っており、第30回目からは文部科学省の後援をいただいております。

選考においては、本学教員とプロフェッショナルである歌人の方等をお招きして選考委員会を立ち上げ、7万首を超える応募作品の中から入選作品100首(※)と「小学生の部」入選作品10首を選考・発表しています。その他、学校全体で取り組み、多数の優れた作品を応募した学校に向けた「学校特別賞」も設けています。本コンクールを学校の国語教育のなかで親しみやすい短歌教材として多数ご活用いただいており、大変ありがたいと思っています。
※中学生・高校生・高等専門学校生・短期大学生・大学生・大学院生・専修学校生・各種学校(含む予備校)生の応募作品を対象に選考

メディアからも大きな反響があり、入選作品の発表時期には新聞やラジオで取り上げられています。若者の豊かな感性で歌われる瑞々しい歌、その中に切り取られるリアルな日常が、世間の人々の心に響いているのではないでしょうか。

こうしたご支持を背景に、今や全国で最も応募数の多い短歌コンクール(※2022年1月13日 東洋大学調べ)となりました。第1回から第35回(2022年度)までの累計応募作品数は1,651,524首に上ります。

第34回目の2020年度は、コロナ禍の影響で応募作品数が減るのではないかと心配していましたが、実際には前年度の応募数を上回り、その翌年度の第35回では更に13,000首近く増加して過去最多となる78,444首が寄せられました。コロナ禍で個として過ごす時間が増え、自身の内面と向き合ったことが、創作・表現につながったのかもしれません。自発的に短歌を楽しんでくれる学生が増えたのでは、と嬉しく思っています。

中川 最近は、SNSでの短歌ブームも起きているようです。短歌を発表する機会がより身近に、そして手軽になったことも、応募数が増えた一因かもしれませんね。

坂井 短歌には、五・七・五・七・七の基本形に当てはめるということ以外にルールはありません。短さに加えて、そういった自由さがSNSにマッチし、ブームが巻き起こるほどの現象になっているのではないでしょうか。

――学校の授業で短歌を詠む機会があるだけでなく、SNSという自ら発信できる身近な環境も整っているということですね。短歌のコンクールは国内で数多く実施されていると思いますが、その中でも学生を対象とした場合の魅力とはどのような点になるのでしょうか。

中川 今の時代のありのままを作品に取り入れる、純粋な感性が魅力ですね。20代以上になると、現在だけではなく過去と比較した視点も歌に含まれてきます。もちろん双方にそれぞれの魅力がありますが、焦点を絞って「今、この時代を詠む」という点では、このコンクールの応募作品が目立っているように思いますね。私自身、創作の際は「自分が今のこの時代を生きていること」を意識し、時代と自分が重なったときの感情を掬いあげることを大切にしています。

坂井 このコンクールの応募作品は、ひたむきでまっすぐな感性や自在さを生かし、「時代の中で呼吸している」印象を受けますね。歳を重ねるにつれ、作品には作者の性(さが)が出てきます。若い人の作品には、その性が表れず、無垢で純粋な感性や、時代のありのままが作品に映るのです。応募作品の内容が、ダイレクトに世相や流行を示していると感じます。

高柳 そうですね。毎年のことですが、応募作品の内容が世相をいち早く映し出し、報道がそれを「後追い」してくる印象を受けます。第35回の応募作品には、マスク生活についての違和感や、マスクを外したときの不安を歌にした作品が多かったですが、一年ほど経った今になってこうしたトピックがテレビや新聞で取り上げられ、社会的にも話題になっていますよね。
マスク消えみんなのかおが見えるときはなせるのかな今まで通り(東京都・14歳)
十年後再会しても気づくかなマスク顔しか知らない友達(三重県・17歳)
(第35回 東洋大学「現代学生百人一首」入選作品より)
数年前のタピオカブームの際には、タピオカに言及する作品が多くありましたね。2020年度は泣いている様子を表す言葉の「ぴえん」が流行ったため、第34回の作品にも多く取り入れられていました。第35回の作品ではこれほどに目立つ単語は無かったように感じます。若者たちの間で共通して著しく流行した言葉が無いのだと推測しています。

――作品が少し先の世相を映すという点は、流行に敏感な若者ならではとも言えそうですね。

中川 応募作品の変遷から、時代の変化を見ることもできます。第34回(2020年度)の応募作品には、コロナ禍における急激な変化を歌ったものが多くありました。突如始まった外出自粛生活、友達と会えない日々への戸惑いを歌った作品が印象に残っています。

一方、第35回の作品は徐々に当たり前になってきた「新しい生活様式」に対する不自然さや違和感を歌ったものが多かったように思います。しかし、不自由さにばかり焦点を当てるのではなく、ユーモアを交えた切り口や、コロナ禍だからこそ生まれた新しい発見に焦点を当てた歌も多かったですね。
家の中授業を受ける弟の背後を通る私は忍者(東京都・16歳)
休日に壁越しに聞く会議の声優しい父の上司の一面(千葉県・15歳)
(第35回 東洋大学「現代学生百人一首」入選作品より)
高柳 身近な家族や友人の、普段は目にすることのない一面を詠んだ作品には、ハッとさせられるものがありますね。作者の気づきが、臨場感を持ってリアルに伝わってきます。こうした純粋な視点による素朴な発見も、学生による作品の魅力だと感じています。

坂井 そうですね。学生の柔軟な発想力と観察眼には、目を見張るものがあります。中には数学について触れている作品もあり、既存の枠組みにとらわれない非常にユニークな切り口だと感じました。私自身、情報理工学の研究と短歌創作を並行して取り組んでいるので、数学的な事象を言葉巧みに表現できないか?と考える視点は大切にしてほしいですね。
レジの前ライン引かれて気が付けば等差数列みたいに並ぶ(宮城県・17歳)
問題と見つめあって十五分二次関数にフラれた私(山形県・16歳)
点Pさんぐるぐるまわる図形上楽しむあなたと苦しむ私(埼玉県・17歳)
(第35回 東洋大学「現代学生百人一首」入選作品より)

万葉集から今に続く、短歌創作の秘訣


  
――学生ならではの面白い視点が詰め込まれた作品ばかりですが、選考ではどのような点に着目されているのでしょうか。

中川 
短歌は、作者が想像力を持って読んでいること、読み手に想像させる余白があることが大切だと感じています。そのため、選考では想像させる余地のある歌に惹かれますね。ただし、想像力を搔き立てようとするあまり、表現の意味が読み手に全く伝わらなくなってしまう「自分だけの表現」にとどまってしまっているのはもったいないなと思います。そういうときは、何を伝えたいのかもう一度考えて、言葉を選び直すといいでしょうね。
    
高柳 
中川先生のおっしゃった想像力と関連して、風土色が強く感じられる短歌が個人的には好きですね。地方の情景を歌っている作品に刺激されて想像が膨らみ、その土地に足を運んでみたくなります。また、ちょっとした感情を言葉で上手にとらえている作品も印象に残るように思います。

坂井 確かに、普通であればつい見過ごしてしまうような心情の変化を歌った作品には、ハッと気づかされるような経験も多いです。

さらに、歌の内容と音の響きが重なる歌は魅力的に感じますね。内容とリズムの一体感は、選考のときに大事にしていることの一つです。選考会議中は、言葉のリズムや余韻を味わうために全ての作品を音読しているんですよ。

――感情や情景を的確に表現している歌のほうが高く評価されるのかと考えていましたが、想像したくなるような言葉や音の響きも重要なのですね。リズムの良い歌にするには、どのような点に気を付ければ良いのでしょうか。

坂井 
意味やリズムの切れ目である、「句切れ」を工夫することでしょうか。句切れる場所を五・七・五・七・七のどこに置けば心地よいリズムになるのかを探してみるのが良いと思います。表現の幅が広がりますし、詠んだ後の余韻を残すこともできます。私自身は、句切れをたくさん入れるように意識して作品を作ることもありますし、句切れなしの歌を作ることもありますね。

高柳 古典文学では、歌の余韻のことを「余情」「余りの心」と言います。昔も今も変わらない、音の響きを大切にする歌の世界を感じますよね。万葉集には二句切れの作品が多くありますが、現代学生百人一首の応募作品には三句切れの作品が多いように思います。

中川 とはいっても、最初から句切れを意識することは難しいと思います。初めはとにかく技法を意識せずに、自分が作りやすいように自由に作ることをおすすめします。歌の内容を考えてから、推敲の段階で句切れを調整するのが良いでしょう。作品を口ずさんでみてリズムを調整したり、上の句と下の句を入れ替えてみたりと、読み手の印象に残るように工夫してみてください。

――短歌を作る上で、推敲は非常に重要な作業ともいえそうですね。

中川 
推敲で大事なのは、思考の跡を残すことです。原稿用紙に手書きで推敲する歌人も多いでしょう。何度も言葉やリズムを変えるうちに「前の方が良かった」となることも少なくありません。今は「書く」よりもパソコンやスマートフォン等で「打つ」ことのほうが多いと思いますが、整えているうちに、最初の勢いが無くなっていることもあります。上書きせずにできるだけ推敲の跡を残したほうが良いでしょう。

高柳 古典作品にも、推敲の過程が見られる事例があります。『兼好法師家集』では、作者である兼好法師の自筆によって推敲の跡が残されています。室町時代の作品になると、草稿と本稿が両方残っているものも多いのですが、上の句と下の句が入れ替わるなど、推敲によって歌の姿が大きく変化したものもたくさんあるんですよ。

――確かに、スマートフォンのメモ帳に記しておいたりすると、作品の前の姿は見えづらいですね。その点では、「手書きで残しておく」というのは大事なように思います。

中川 
歌を詠む前の段階で、良い言葉が思いついた瞬間に手書きでメモを取るという方も多いですね。家中のあちこちにメモ用紙を置く方、またパッと思いついたときに忘れないために枕元にメモ用紙を置いている方もおられます。心情のささいな揺れ動きや一瞬のひらめきなど、言葉との出合いを自らのものにするためにもメモを取るのは大切ですね

坂井 
言葉との出合いは、歌人の醍醐味であり特権かもしれませんね。日々の中で出会う言葉を逃さず、常に創作に生かす作業は、短歌に触れている人でないと滅多に行わないと思います。

中川 出合った言葉を存分に生かす文脈を用意することも重要ですよね。
祖母からの贈り物には茄子があり畑が薫る今日の夕飯(東京都・13歳)
三〇〇年時空をこえてバロックを奏でる僕にバッハがコケる(千葉県・14歳)
(第35回 東洋大学「現代学生百人一首」入選作品より)
例えば、この歌の「畑が薫る」や「バッハがコケる」という表現は、考えて絞り出したのではなく、直感で生まれた言葉ではないでしょうか。いわば、作者自身が掴んだ言葉との出合いですね。しかし、単語だけでは本領を発揮しないと思います。言葉は、前後の言葉とのつながりで初めて意味を持ち、生かされます。出合った言葉が最も生きる文脈を作り出すことが、短歌創作のカギですね。
    

短歌は“マラソン”のようなもの――詠み続ける醍醐味とその楽しみ


   
――現在、短歌創作に励んでいる若者や、これから取り組もうと思っている人たちに対して、先生方はそれぞれどのようにお考えでしょうか。

坂井 
ぜひチャレンジしてください。そして現在、短歌を創作している方には、詠み続けることを大切にしてほしいですね。短歌は、楽しいマラソンのようなものです。自分の表現を吟味しながら、詠み続けていると、ある日突然よい歌ができることがあります。作品を作った後も、作品を作った当時のことを忘れずにいてほしいですね。時間が経ったときに「今の自分ならどう歌うだろうか」と振り返ってみるのも良いと思いますよ。

中川 私も、短歌は「詠み続ける」ことに醍醐味があると感じます。日記のようにコツコツと思いを綴り、蓄積してみると、自分にとって大切な考え方やものが凝縮されていることに気が付くと思います。そこで見つかった大切なものを守り続けるような気持ちで詠み続けてほしいです。

坂井 中川先生がおっしゃる「大切なもの」の中には、「人間らしさ」も含まれているように思います。自然科学は基本的に論理を重視しますが、人間は論理だけで生きていくことはできません。社会の中では割り切ることが必要な場面も多々ありますが、人間は全てを割り切ることは不可能です。その割り切れない部分、すなわち人間らしさを掬いあげ、表現してほしいと思っています。絵画でも音楽でも、何でも良いのですが、短歌は抒情的な表現に適していますし、特別なスキルも必要ありません。生涯を通じて長く続けられる点でも、おすすめしたい表現手段です。

高柳 論理と人間らしさの表現という点で、私は少し懸念していることがあります。2022年度から新しい学習指導要領が適用され、高校の国語では選択科目として「論理国語」「文学国語」「国語表現」「古典探求」が新設されました。しかし、論理や表現の境界を区切って教育を進めていくことには少々違和感があります。若者たちの感性が、科目構成変更の影響を受けなければ良いのですが、現時点では期待と不安が半々といったところです。

――坂井先生のおっしゃった「短歌はマラソン」という言葉、とても素敵ですね。今はまだ短歌に親しみがないという学生が、短歌に取り組んでみようと思うにはどうしたらいいでしょうか。

坂井 
学生たちの中には、自分の歌を他人に見られるのが恥ずかしいという人もいるかもしれませんね。ですが、「恥」という感情は、じつは歌人がいつも感じているものと近いのです。「恥ずかしがりながら生きる」ということが創作の源になることはよくあります。とはいえ、作品は自分の子どものようで可愛いですよね。いずれは誰かが見る作品ですが、まずは自分がその作品を愛することが大切です。

しかし、無理をしてまで愛する必要はありません。短歌に馴染むきっかけは人それぞれですし、ちょっとした出来事が短歌の世界への入口になることもあります。30歳、40歳、あるいは定年退職した後に短歌を詠み始める人もいます。私自身、高校生の時は歌人になるなど想像もしていませんでしたからね。高校生や大学生のうちから人生設計を急かされる慌ただしい時代になっていますが、そう簡単に人生は決まらないので、まずは楽しく歌を詠んでほしいと思っています。

中川 今は世の中の変化が大きく不安定なところも垣間見られ、さまざまな分野において転換点だと感じています。時代の変わり目ともいえて、息苦しさや生きづらさを感じている人もいるでしょう。そうした閉塞感を抑え込まずに、うれしいなあとかいいなあと思うこともゆっくりとぜひ歌にして表現してほしいと思っています。自分が何に対して、どのようなさまざまな思いを感じているのかが分かるので、短歌創作が自身を見つめ直すきっかけとなって自分を知るよろこびもあるはずです。

高柳 昔も今も共通しているのは、表現を重ねて前を向いてきた人間の在り方です。日常の中の喜びや閉塞感、その全てを自由にのびのびと表現し、楽しみながら作品にしてほしいと思っています。学生の中には、創作はせずとも同級生の作品を楽しみにしている人も多いと聞いています。創作のペースは人それぞれですから、ゆっくり自分を見つめながら、ぜひ表現を重ねてほしいですね。そして何よりも大事なのは、創作そのものを楽しむことです。現代学生百人一首に参加したいという学生の皆さんには、自身の気持ちを人に分かってもらえたときの喜びや、一首を完成させたときの達成感など、創作活動を存分に楽しんでほしいと思います。
  

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